光る君へ第20回感想
2024/05/19(Sun)23:52

・才を活かす場も、良き為政者として在るべき姿も、「我が世の春」も全ては自分の望みだったはずで。ではその先にあるべきものは何なのかと、それぞれが問われ始めている第20回感想。


・今回の呪詛騒ぎ。これほんと、何通りか解釈しようがあるのが面白い。

私個人としては初見では、詮子姉上の自作自演だろうと思ったのですが、いま感想を描くためプラスでちょっと見返してみて、倫子さまの便乗&共謀があっても楽しいかもと思い始めたり。(黒木華さんのブラック演技が好きなのもある)

とはいえ、(1)兼家パパの政治手法を最も継いだ詮子姉上による、かつての晴明プロデュース兼家仮病作戦の再現、(2)一度試した上で「いささか口が軽い」と確認した倫子から外に”呪詛”が漏れるのを期待しての仕込み、(3)しっかり全てを察した倫子と、ため息とともに「帝にも言わぬ」=外に漏らさぬと認識共有する道長、(4)今までの失敗から学び第二第三の嘘(呪詛)を外に仕込んでいた詮子、(5)さすが律儀にそれを聴取するしごでき検非違使別当実資(と、せっかく内々で収めようとしたのに~!と蒼白の右大臣道長)…という流れが最もしっくり来るかなあと。

倫子が呪詛札を見つけたのは詮子の部屋ですけれど、その段階(まだ他の部屋=道長の部屋までは捜索していない)で詮子が、中宮は私を、伊周は道長を憎み呪っておる!とあからさまに叫ぶのも、女院を呪詛する公の謀反罪に加え、弟道長に自身が呪われている危機感でもダメ押しを与えようとしたんじゃなかろうか。

だとしたら詮子姉上、かつて愛しいお上に「人のごとく血を流すでない、鬼が」と罵られたその姿に着々と近づいてやしませんか。いや、今作の東三条院さま、とぼけた姉上の顔と苛烈なゴッドマザーの顔との塩梅が大好きですが。


・もし呪詛が詮子の自作自演だとしたら、女院という己の立場を最大限活かす政敵の葬り方ですし、対して、中宮という立場にもかかわらず、その立場こそが身内の甘えと油断を引き起こしてしまい、また立場でゴリ押しすることは自身と帝の性格が許さない、定子の孤独な徒手空拳ぶりが際立つ。

伊周隆家ら捕縛騒ぎの流れで、定子が発作的に落飾するのは史料どおりなのですけど、土足で踏み込んできた放免から咄嗟に奪った小刀で、という描き方が、策を謀ることも権力に物を言わせることもできない(賢君であろうとする帝を愛するから尚更)定子の哀しみを一層強調していたなあと。

それを、ききょうだけでなく まひろにも目撃させるのか……。

今作伊周が定子さまにかけてる迷惑をなかなかの表情で見つめてる ききょうさんが、それでもあの『枕草子』を描くとすれば、定子さまの尊厳と名誉を守るためにあえて美しい日々だけを強い決意で描くためかなと思っていたのですが(※先週感想)、主人の自死に等しい落飾を目撃し、それでも予告編でのあの台詞、「お生きにならねばなりませぬ」を彼女に言うためならば。

前に第14回で ききょうが まひろに内裏勤めの夢を打ち明けたとき、己のために生きることが人の役に立つ、そんな道を見つけたいと熱く語っていましたけど、ききょうが『枕草子』を書き出す意味は、ここまで まひろを通し繰り返し問われてきた「なぜ描くのか」に対する、ひとつ通過点の答えになりそう。それが まひろにも、やがてどう照射されるのだろう。

・ほんと今作のききょうと まひろの関係が微笑ましいので、このまま『紫式部日記』の例の一文も、定子のため必死で『枕草子』を書いた ききょうの思いを まひろが酌み、それを守り世に流通させ続けるため、時の権力者(かつてのソウルメイト)への目眩ましであえて書いたぐらいのアレンジが入ってきてくれませんか。ていうか、道長まひろのソウルメイト設定時点で大分跳んでるだから、そうしてほしい。

(史実として『紫式部日記』のあの文については、名作『枕草子』のおかげで当時なお根強かった定子サロンの人気と影響力から、主人彰子さまを守ろうと必死な新人サブカル作家の焦りの現れ、という山本先生の解説が一番しっくりきている)
 

・しかし今回の件で晴明がどこまで関わっていたかは分かりませんけど、道長が呪詛の真偽を問うのに対し「どうでもよいと存じます」と返すあたり、スーパー術師ではなくあくまでも平安国家公務員な今作晴明らしい。
国の行く末を担うにふさわしい人物に仕えるのが仕事だと割り切ってるから、その基準から外れて落ちていく人間には、とことんクールなんだよなあ。
実資の小言と同じく、晴明が誰と手を組みたがるかも、やはり光君世界線で一つのリトマス紙になっている。

・それはそれとして、晴明の予言「隆家は役に立つ」ということは、つまり刀伊の入寇は映像化されるの確定ですね。やったー。
NHK歴史番組でも、このあたり使い回せている映像が少ないので、よき新規画がくるの期待しています。

 

・今作の真面目一徹 為時パパだったら確かに、10年放っておかれた末にやっと任官されれば、どこの国だろうと有り難くお受けするだろうなあと思っていたら、やはりあの詩は まひろ作になりましたか。潔いフィクション。
道長が、大事に取っておいた まひろの文から「為」の字を照らし合わせる展開、符合が巧くて気持ちよい。

前々から、越前でこそ父上の才を活かせるのにと切望していた まひろが、宣孝にヒントをもらい申文を出すのは、それを読むのが右大臣道長だと睨んでる=従五位下推挙に対するソウルメイトとしての返信であるとともに、蒼天=天子の単語を入れることで、あのすばらしい帝ならば、この漢詩に「下々の優秀な者を登用すべき」新楽府の理想を見てくれるという確信もあったはずで。

早速、前回のあの場面が影響してくる一方、この政に熱心で聡明な帝、かつ まひろの進講を聞いたばかりだからこそ、あの謁見で隣にいた(ききょうを通し まひろが帝と話す機会を設けてもくれた)定子を苦しめる厳粛な裁断を下さざるを得ないのは、皮肉な話ですね…。


史実としてはほぼ同時期に起きている、中関白家の転落と為時家の飛躍。本来交わらないはずのそれをフィクションで糊づけし繋げていく妙は、やはりドラマの見せ所で。
最初に大風呂敷広げた「道長と紫式部は幼馴染でソウルメイト」という”大嘘”が、こう要所要所でちゃんと波紋を広げ効いてくるのが、やはり『光る君へ』の描き方は手練れだなあと、これ毎週言ってるけどやはり唸ってしまう。
 

次週からいよいよ越前編かあ。
この時代の国司レベル外交がどんなものだったか、大河どころか映像全般で詳しくやる機会は少ないと思うので、期待しています。

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