光る君へ第9回感想
2024/03/03(Sun)23:45

・ああ……ああ……と呻きつつ、今週のサブタイが「海の見える国」ではなく「遠くの国」であった意味を噛み締めるしかなかった、第9回。ああ………

・ええ知ってました、序盤で主人公に助言と献身を惜しまず、広い世界を見せてくれ、かつ決して結ばれないチョイ悪ポジションのサブ二枚目は、こうして主人公の青春期の終わりに非情な運命で死んでいき、ざっくり爪痕を残さねばならないと。知っていましたけど!けど!!
大石脚本の王道描写が、平安中期世情描写と化学反応を起こしたら、ここまでの爆発力になるのかと、ちょっと慄いている。

第5回の六条院で、母の死は自分のせいであると幼い自責を抱え続けてきたまひろと、その死は一族の罪だと潔く受け入れた道長との間に、同じ後ろめたさを共通の土台にした同志意識が芽生える経緯は、このために第1回衝撃のラストを創ったのかーなるほどと思っていましたが。
まさかここに来て、第5回の逢瀬に協力した直秀の死をもって、さらにさらに共犯意識を塗り重ねるとは。
あのとき、まひろの告白を聞いて思わず飛び出し道兼兄上を殴ったときでさえ、そこまで表情は崩していなかった道長が、直秀らの遺体を前に、「一族の罪」どころか他ならぬ自分自身の失態であることを思い知らされ、泥にまみれ激しく泣き崩れ、まひろに抱きしめられる。ああ、この回まで柄本佑さん道長の爆発を取っておいたんだなあという、胸を抉る慟哭。(『いだてん』増野さんの「ご飯の硬さなんかどっちでもよかった」を思い出す)(えーともしかして、柄本佑さんもNHKにおいて窪田正孝さんや小栗旬さんと同じく「痛めつけるほど輝く」枠に入れられてません?)

・ていうか三郎若君、実際に誰かの無惨な死体を見るのはおそらく初体験でしょうか。盗賊をただ射たときでさえ、あんなにショックを受けてたというに。慕わしい人が動かない躯になった姿を自分の目で見、その冷たい体に触り、またその死を誰かのせいにして怒ることもできない理不尽。ちやはの遺体を前になぜ「ミチカネ」を追及しないのか父に詰め寄り狂乱したまひろと、三郎は遂にこれで同じ体験をしたわけで。

・哀しみを共有しながら、鳥辺野でともに穢れにまみれ、土を掘り、罪人として死んだ友を弔う。平安中期世界の価値観で、これがどれほど重い意味を持つか。
まひろと三郎が「ソウルメイト」である意味が、どんどん積み重なっていく。うわあ、容赦ない。
やはり第6回で、散楽一座のところへまひろが橋を渡って近づいた構図は象徴的だったなあと改めて思う。橋の向こう。一つの規範を越えた側。そして近づいた彼らのため、今度は穢れさえ踏み越え、(「神の斎垣も越えぬべし」と歌を送ってきた)三郎とともに土を掘って弔いをすることで芽生えるものは、もはや恋も愛も超えていく。

・いやほんと、事前番宣で言われてた「ソウルメイト」って、もっとこう、ふんわりロマンチックな意味で使われるかと正直思ってましたよ……? 油断してたすみません……

・褒美を目の前のニンジンにされたため冤罪を作り出すようになった検非違使の下っ端たち、検非違使とは別系統で動き散楽一座の風刺を暴力で抑え込む東三条殿の雇い武者たち……と、下層民へ力を及ぼす“権力”の未熟さと法の未整備ぐあいを序盤からじっくり描いてきたのも、またじわじわ効いてきてますね。
雇い武者に捕らえさせた賊を放免する(私的領域内で済ます)か検非違使に渡す(公権力に託す)かは若君のご判断ですし、検非違使庁の裁決に右大臣家三郎君が心付けを渡し動かせるだけの法的隙間がある。
権力にも家の悪事にも何の関心もない顔で距離置いてきたつもりの三男坊が、ここで直秀の件だけは、父の前に座って伸びる自分の「影」をじっと見て、ちょっと自覚したふうな顔でにわかに動いた途端、結局のところ、盗賊の罰の相場が本来は鞭打ち程度で済むことも、下っ端役人にとって上位者からの口出しがどれほど面倒で、まして被疑者の女を「知り合い」だと連れ出すことがどれほど不審と反感を煽るかも、全く理解していない坊っちゃんだったと思い知らされるわけで。
そう、右大臣家の三男というだけで官職は高くない道長の心付けで動かせる程度に恣意性のあるお裁きならば、まして現場の役人が遠くの国まで流罪にする手間を惜しんで、死罪にできちゃう程度の裁量もあるはずなんですよね…。しかも、名も家も系譜もない散楽一座程度の命ならば。

・兼家パパの奸計種明かし(詮子姉上の初戦敗北でもある)と、この道長の挫折が同じ回であることの意味よ。
後の大作家紫式部になる まひろの創作と自由が散楽一座の死罪で一旦途絶したように、やがて稀代の政治家になる三郎もまだまだ世の理と仕組みを知るまでに挫折と敗北を味わわねばならない。愛と死と無常が詰め込まれた大河群像劇でありながら政治的価値もある物語『源氏物語』誕生まで、どれほどの紆余曲折を経ねばならないんだろうか、この二人は。

・それにしても、兼家パパの病状が道兼も巻き込み帝を騙す作戦だろうとは先週時点で薄々気づいてましたが、晴明がどれぐらい関わってるかは感想保留してたら、まさかの発案者だったとは。
しかしこれ、そもそも兼家一派に「この国の未来を担うのは我ら」だと言われ忯子のお腹の子を呪詛したことから始まり、忯子様まで死んで動揺する兼家に、それで帝が政を投げ出せば右大臣にも国にも吉兆だろうといけしゃあしゃあ進言し、それで怒る兼家とのやり取りも「楽しくてならない」と道長に笑っていたのとずっと一貫してるんですね。我こそはこの国を担う陰陽師だと自負する彼なりに、同じ自覚と責任を持っていると見えるトップ政治家に寄り添う姿勢。
ファンタジー全能術師でも怪しい呪い師でもなく、怜悧な官僚として描かれている今作の「陰陽師・晴明」らしいなあ。この人物像、どんどん好きになっていく。
これで来週、『大鏡』において緊迫感ある描写になっている花山天皇退位事件のあの夜は、晴明も事前に知っている共犯者なら、とんでもないサスペンスにアレンジされそう。

・そして道兼。父に一足早く真相を明かされていたのは、兄上や弟より自分が“信頼”されていたからだと自負していますけど、帝に父のことで同情され懐に入れたのは、実際それが半分以上真実だからで。
第6回で「俺たちの影はみな同じほうを向いている」と道長を引きずり込むように告げた、その前に道兼は「父上のためならいくらでも泥をかぶる」と自分で言っている。ちゃんと分かっていた。それでいて今回の作戦では、兄や弟を差し置いて自分”だけ”がまず父に引きずり込まれたことで、痛ましいほどに浮かれてもいる。
ああこれ確かに兼家パパ死去後、功ある自分がなぜ関白になれないのかと恨んでも仕方ないぐらい、着々と(史実というか説話以上に)がっちりと共犯者に仕立てられているなあ…。 ヒールでありながら同情するしかない人物像が練り上げられている。

・ところで冒頭で、直秀が東三条殿の雇い武者たちに「お前らも貴族どもに見下されてきた輩だろう」と煽ってたあたりは、ちょっと『平清盛』に通じるものがあって、海の底の民としては、ざっぱんしたくなりました。
史実としては満仲一族が仕えてる頃なので、来週の花山天皇退位事件で満仲や頼信が名前だけでも出てこないかな。

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