そういえば、第6回で特に画として印象的だった場面。散楽一座の練習を見かけ、橋を渡って彼らに駆け寄っていくまひろをグッと引きで撮る構図が、何げないようで贅沢に美しかったなあと。
こう、ごくシンプルに画面中央付近にアイレベル取って背景を空まで広く入れつつ人物の移動を真横から全身ゆったり撮る構図、シンプルだからこそ逆に、ここ最近の時代劇では意外と、特に大掛かりなセットを造りにくくなってる昨今はあまり見ていなかった気が。
倫子さまサロンでまひろが肩に力入れ過ぎた場面の直後なだけに、すうっと広々した外の空気が伝わるここの画が、さりげなく良かったのです。
また、単純にロケ地(恐らくえさし藤原の郷でしょうか)にあった造りを偶然活かしただけかもしれませんが、「橋を渡る」、しかもまひろと直秀の会話で示されたとおり「人ではない」と虐げられる人たちのもとへ駆け寄るために、橋の向こう側へ渡るというのが、何とも象徴的で。
散楽一座の呑みに誘われたら面白そうだとついていきかけたり、姫様サロンで自分が浮いている居心地悪さを理解しつつも頑張って食い込もうとしたり、自分の創作を直秀に否定されてもめげず、新しく知った概念「おかしきことこそ めでたけれ」を素直に取り込み次のネタを考えたり…と、まひろは一貫して、容易には入れない向こう側へ自分で歩を進める子なんですよね。
空気を読むどころか、固まった空気もブルドーザーで粉砕していけそうな圧倒的陽気質ききょうの積極性とは全然別物ですけれど、まひろもまひろで実はグイグイ貪欲に対象へ向かって粘り強く掘り進めていけるタイプだし、これが創作者としての違いに今後現れていくのかなあと思うと面白い。
(あと、橋が出てくると、宇治の橋姫にも自然と連想が広がる)
まひろは今後、いくつの橋を渡っていくのだろう。

