光る君へ第6回感想
2024/02/11(Sun)23:27

・六条院における三郎まひろの「ソウルメイト」完成を経て幼少期を終えた二人が、いよいよ右大臣の息子、学者の娘としてそれぞれ青年期へ歩を進め始めた第6回。

・毎回いいなあと痺れる台詞が飛び出す今作。今週特に印象的だったのは、道兼の「俺たちの影は皆、同じほうを向いている」。
まひろの母を殺した道兼の所業をもし道長が糾弾するのならば、それを罪だとくっきり照らし出す”光”は、道兼の罪に兼家パパが乗っかって泥をかぶらせ繁栄した一族の恩恵のもと呑気に育ってきた、そしてそれを受け入れたお前の生をもいま等しく照らしているのだぞ、という。
若者らしい真っ当な清廉さで世の不条理と不正に怒りを覚える主人公(もしくは準ずる人物)が、その声を上げるに当たり、自分自身が享受している特権をきちんと自覚する、もしくはさせられる作劇は、大変好みです。個人的に、歴史モノの特に政治に関わる人物では、その自覚があった上でしかしなお諦め悪く抵抗し進んでいく描写をとても見たいので、第6回という割と早い段階でここに至ってくれた今作道長くんの、著しい成長を期待している。

・そんな息子らの喧嘩を笑い飛ばしてた兼家パパでしたが、DNAを継ぐ子世代もしっかり美しく独自進化してきているなあ。
毒の一件を知っても物分りのいい顔してた嫡男から、ぞろり動き始めた道隆兄上。しかし、公任らの動向を父上に知らせず口止めし、父とは違う方法=漢詩の会でエリート青年らの心をつかむ手腕は実にスマートですが、今の帝を支えようと言ってしまうのは、父・右大臣派に若者らを取り込む呼び水なのか、本当に父と違う独自路線で花山天皇の御代を気長に支えるつもりなのか、どちらにせよ、やがて忯子死去による花山天皇退位事件(今回と逆に父兼家と弟道兼のほうがおそらく独自に動く)で梯子を外されかねないのでは。井浦さんが演じている兄上なので、おいたわしい事態にならないか心配してしまう。

・一方で詮子姉上は、いよいよ演・吉田羊さんの本領発揮。
父を憎む、だからこそ父に似ている自分の才覚を使う。彼女が対右大臣として画策する弟道長の婚姻相手が、奇しくも父兼家が対花山天皇包囲網の一環として三男道長に考えた婚姻相手と一致していたことで、詮子の政治センスも証明されてしまう皮肉。彼女の言葉と自覚はそのまま、一族の闇を知りつつ父の政治的力量は認めてる(少なくとも国が乱れぬため義懐よりマシだと認める)道長がやがて辿っていく道にもなるんでしょうね。

・兼家の子供たち、どちらを目指し向いているにせよ、足元に差す「影は皆、同じほうを向いている」。

・そして今週は何よりも清少納言登場。いやあ、実に解釈一致の清少納言さまだ。そして、今作のまひろとは実に気が合わなそうだ。笑
この、才を抑えず臆さず気持ちよーく伸び伸び発言する清少納言=ききょうさんならば、漢詩の会を提案する才気煥発ぶりを夫に愛され、いずれ入内する娘にも転んだら自分で立つ強さを求めるスパルタ母な貴子さまに気に入られるな…と納得してしまう。
そしてまた、つい勇み足に踏み込んだ文学解釈をうっかり披露しつつも、サロン主宰者の意を酌もうとする努力=肩に力が入ってるのが分かりやすく見える不器用まひろは、場の調和を重んじ書物は好きでないと言いつつ、たまに飛び出す気まぐれ猫を愛で、盗賊の話に興味を示すほどのキャパはある倫子さまに、ユニークな存在として受け入れられる素地があるなあと。ここの対比描写もまた好き。

・一方で、代筆業に引き続き、着々と「後の紫式部」らしさを積み重ねているいるまひろ。
第4回感想で五節の舞まひろに「女として見られる側のようで実はじっと見て冷静に注意深く観察する側でもあるという捻じれ」があったのではと書いたんですが、今週、『蜻蛉日記』をただ虐げられた女の嘆き節でなく自慢話だと喝破した流れで、自身をネタにされた五節の舞話さえ「男の都合のいいように見えて、実は女子こそ したたかだって話」と脚色し散楽一座に提案するのは、結構それに近い話だったかもしれない。
倫子サロンの姫君たちが見初めの場としてきゃあきゃあ話していた五節の舞を「女子のしたたかさ」の話に変換してしまうのが、姫君たちの恋バナについていけなかったまひろらしいし、またその創作で散楽の男どもをポカンとさせてしまうあたり、今はまだ創作者として未熟で異質なまひろの立ち位置を表してもいるようで。

・まひろの創作欲ベースとなるだろう母の死や、詮子さまが政治に目覚める経緯など、今作では女の「怒り」がかなり意識的に描かれていると思うのですが、やがて詮子姉上と手を組み、まひろとソウルメイトである道長もまた同じ怒りを共有した上で『源氏物語』が誕生するとして、光源氏が権力を極めるところまではともかく、後半の中年期光源氏が負う業と暗さを思うと、もしかしたらソウルメイトの間に(大河としてはお馴染みな)ズレが生じる展開も終盤あるのかなとは思ってまして。今日の回で、あっけらかんとまひろが創作する「したたかな女子」の面白みを男どもが全く理解できなかったことは、その萌芽なのかしらん。果たして。

・それにしても今日の回、『蜻蛉日記』の書き方もそうだったし、漢詩が単に文芸教養としての嗜みだけでなく、選ぶ基準、読まれる場の文脈含めて「政治」だとしっかり描かれていたのがとても良かったなあ。恋を詠んだ和歌ですら単なる私的領域に留まらない儀礼空間に置かれ、まして宮仕え女房たちの作品ともなれば主人の威光がかかっていた、王朝文学の帯びる政治性という側面が大好きなので、今年の題材が発表されたときから願っていたそれが今後も見られるかなと、まひろ宮仕え以降への期待値確信がぐっと上がりました。三郎まひろのソウルメイト設定も物語として純粋に面白くなってきたので、ますます楽しみ。

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