道兼のことなど
2024/02/11(Sun)13:54

第6回放送を前に、第5回の藤原兄弟ゲンカをもぐもぐと反芻しています。

やはり何度見ても道兼の「やっと聞いたな」が秀逸で、このたった一言で、道兼が実際には殺した女ひとりを「虫けら」程度に認識してたわけでなく、むしろその罪の重さに苛まれてるからこそ、あれは「虫けら」だと自分に言い聞かせ、弟のせいだと他責に走ってやっと自分を保たせてきた心の細さがよく分かるなあ。
この道兼からすれば、自分の罪を見た弟が父に告げたかどうか不明な宙ぶらりん状態、しかもその弟は、子供の頃から口が立って母や妹に好かれてる割には、長じて家のため働く=自分の対抗馬になろうと頑張る素振りを見せず、しかもその呑気さゆえ周囲には「何かほっとする」評価されてる男だというのは、余計に不気味だったんじゃなかろうか。
と思うと、この6年は道兼にとって、穢れをネタに父に使われ、そこで得られる評価にかろうじて自尊心を保てつつも、視界にちらちら入る弟の存在自体に真綿で首を絞められる6年だったはずで。
「やっと聞いたな」には、その宙ぶらりん状態がやっと終わったことへの安堵と、そしてずっと後付けの言い訳として考え続けていた(ゆえにもはや自分の中では真実になっている)「お前のせい」を、遂に弟本人にぶつけてやれる愉悦とが含まれて聞こえました。
この辺の、怯えと罪悪感でぐらぐらしたアイデンティティを他責で何とか支えてる男の、どうしようもなさと痛ましさを演じる玉置玲央さんの繊細さがさすがだし、そんな兄から見たらたまらなく目障りだろう、聡明とのんびりが同居した末っ子を演じる柄本佑さんがまとう空気も実に合っていて、キャスティングに唸っています。

ここまで、まひろ三郎がソウルメイトになっていく過程も、政治陰謀劇も、摂関家の未来へ繋がる確執も、無理なく無駄なく、するりと入ってくる人物描写としてじわじわ積み重なっているのがほんと楽しい。

あと、さりげなくもう一つ印象的だったのは、道長の「俺は まひろの言うことを信じる」を引き出す前段として、まひろが「兄は そのようなことをする人ではないと言わないの?」と尋ねることで。
まひろにとってのきょうだいとは、存在が幻かもしれない”三郎”を姉のため必死で探してくれた惟規が認識のベースであることを考えると、その肉親よりも自分の言うことを真っ先に信じた、しかも実の父さえ隠蔽した母の殺害を謝罪したことは、どれだけ重い意味があったかと。
そして道長にとっては、言ったのがまひろだからという以上に、兄を信じないのかと問うまひろの言葉で改めて、兄は人を殺めないと言い切れない自分、のし上がるためならば帝に毒を盛り姉上の気持ちさえ踏みにじるあの人たちに対し自分が無自覚に抱き始めてたものに、はっきり輪郭を持たされたのだろうなあ。その輪郭がやがて、道長が上を目指す動機の最初の下書きになるかもしれず。なるほどソウルメイト…。

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