・ついに後の紫式部が『源氏物語』の前身(かもしれない)一文を書き始める瞬間も、決して劇的なものではなく、まひろがいつもどおり何気なくものを描き始める静かな描写。
やはりこのドラマは「紫式部の伝記ドラマ」ではなく、紫式部≒まひろと藤原道長≒三郎のソウルメイト設定を土台に再構築した【フィクション】なのだ、と作り手側の強い自覚を改めて感じた第29回ラスト。
第29回、そうか、もう5分の3を過ぎてるのか……。
・圧倒的非情シリアスな現実が原作だとして、その原作では得られない救いと癒やしが摂取でき、かつ読みやすい高クオリティ作品をこまめにSNS投下含めてバンバン更新するゆえ、そのキャラ解釈が、推しに偏りがち&割と癖つよなデフォルメまで含め共通認識としてジャンル内を席巻していくハピエン至上主義大手作家が清少納言『枕草子』なのに対し、原作の隙間でいかにもありそうな、しかも原作に負けず劣らずシリアスな話を緻密な考察でじっとり描いた鈍器本を春夏のイベントで出すゆえ、野生の公式化してるバドエン寄り大手作家が紫式部『源氏物語』というイメージ、を昔から持っています。
どちらが良い悪いでなく、純粋に創作スタンスの違いとして。
・で、光君の2人はどうなるのかなーと思ってましたが、第19回のときに予想していたとおり、美しい光を描くことこそ誇りとする ききょうと 影まで描いてこそ魅力が増すと考える まひろ、いよいよ2人のスタイル違いがくっきり現れてきた。
・父と兄に皇子を産めと理不尽に責め立てられるなど、家族に翻弄された定子さまの悲劇を間近で見ていた ききょうが、影の部分など描きたくない、存在しないと否定する気持ちも分かる。このままでは定子さまが、ただ没落した家の后としてしか記憶が残らないことへの焦燥も。
一方で、定子が出家した絶望の瞬間を、実は まひろも ききょうと一緒に目撃していたわけで。その上で、ききょうが定子に抱く崇拝にも似た敬愛にも理解を寄せる まひろは、あの底が抜けた激しい哀しみまでひっくるめて皇后様という人間の魅力だと考える。
”影”を忌まわしきものではなく、それもまた魅力の一部と捉えるのは、愛おしい母の死や友の埋葬を超え、穢れも恐れぬ女になった まひろならば当然の感性だし、学問上の理非だけで割り切れない業を「それはお前も人だからだ」と笑う宣孝との夫婦生活で、さらに醸成されたものなんでしょうね。そして恐らく大石さんご本人は、創作者としては まひろにより共感している。
・予告編を見るに、来週はもうある程度『源氏物語』の原型?が描かれて評判を呼んでいるらしい。
今週のききょうとの会話も まひろが「いづれの御時にか……」と物語を書き始める契機だったとしたら、やはりドラマ上でも「桐壺帝=一条天皇/桐壺更衣=定子」モデル説に則って描かれるんでしょうか。
ききょうがあえて書かなかった定子さまの影=哀しみ苦しみを、まひろが拾い上げそれもまた人の美しき一部と信じ書くという構図になるとしたら、ききょうと まひろ、『枕草子』と『源氏物語』が、単に創作スタンスの違いというだけでなく、あの日おなじ悲劇をともに目撃した2人が人生に何を見出すのかという、コインの裏表のような関係になるのかもしれない。
・で、こうなってくると、ますます気になってくるのです。
以前にも少し書いたのですが、このドラマの道長はもともと、自分の家を風刺する散楽をわざわざ好んで見にいく少年であり、自身の家を散々笑いものにしているという まひろ作の滑稽劇にも、心底「見たかった」と言える男だった。
ドラマ中で、ききょうにとっての『枕草子』が左大臣家へのレジスタンスという意味を重く持つようになっていく来週、かつて直秀一座の散楽を笑って見ていた道長は、どんな反応を示すんでしょうか。興味か、それとも苛立ちか。
そして、まひろが書いている、もしかしたら ききょうが書いたものとコインの裏表なのかもしれない物語に対しても。
・序盤で散楽一座を印象深い形で出していたのは、貴族だけでなく「圧倒的多数だった庶民の目線」も描かなければいけないと大石さんが考えたからだそうですが、まひろと出会う設定都合もあるとはいえ、道長≒三郎少年をその散楽の痛烈な風刺を喜んで見る人物設定にしたことで、この中盤から『枕草子』を通し明確になってきた【物語の創作と受容】テーマに、より一層の緊張感が加わっていると思うのです。
・宣孝、突然の退場。史実とはいえ、やはり寂しい。
・宣孝といえば、先週第28回でさりげなく良いなと思っていた台詞。
左大臣様の危篤を伝えられ呆然とする まひろに、「我らにできることはない」と、主語「我ら」で宣孝が話していたこと。言い換えれば、左大臣様の病に対し、できることがあるならば何かをしたいのは、まひろだけでなく自分もであると言っている。
しばらく まひろを心配そうに見つめた後、賢子を見やったのは、もちろんこの子の本当の父に思いを馳せたのもあるのでしょうが、まひろの夫、賢子の”父”として宣孝が公の立場で左大臣から得られるものに対し、2人の認識が一致していることもまた主語「我ら」に含まれているよなあと。
お腹の子を出世に有利だと笑って受け入れたのは、まひろを楽にさせる宣孝らしい言い方でしたけれど、この陽気な夫が飄々と道長との関係を乗りこなしていくことを まひろも良しとしている。その点で、家の運営論が夫婦間で一致しているわけで。
大石さんの脚本はよくラブストーリーと呼ばれますが、単純な惚れたはれたの関係とはまた別に、こうして同じ家に入った後のいわば共同経営者としての関係、むしろ惚れたはれただけではカバーできないレベルで認識をすり合わせていく関係まで書き分けているのが面白いですし、だから案外、時代モノにも合っているのかなと。
お嬢様の恋から始まりながらも、今は政治的バディになりつつある倫子さまと道長夫婦とか。
・病を知らされず弔いも全て済んでから知らされる、妾の悲哀。
しかし、娘のような歳の妾に北の方が「豪放で快活な殿のお姿だけをお心にお残しいただきたい」と知らせる願いは、これもまた、酔狂でおどけた藤原宣孝という男の人生に添い遂げた北の方らしい矜持だったのではと。あるひとつの家を共同経営した夫婦の理念が、最後にふと見えた気がしました。
・私は『光る君へ』で、定子さまをただ悲劇の后や輝ける文化サロン主人としてだけでなく、中関白家兄妹の中で随一のセンスを持った政治的主体性ある存在としても書いていたところがとても好きなんですが、一条天皇と夫婦としては深く愛し合いながらも家の共同経営者としては認識がすれ違っていった(もしくは定子自身の発言力も気力も失われていった)終盤を思うと、やはり、最期まで女院として振る舞い、あんなに拒絶され傷ついた愛息にも帝としての行動を求め突き放した詮子姉上こそが、リーダー論として実は定子と一番通じ合えたようにも思えまして。
どこかで何かが違えば、一条天皇を挟んだ嫁姑でうまくタッグを組んで、同じ方向を向けたのかもしれない。
・父や母の「仰せのままに」と言い続けてきながら、その父の政敵(であるはず)定子の忘れ形見である親王をにっこり笑って受け入れる、初めて意思らしい意思を示した彰子。今後、主人として立つとき、彼女が経営者として軸足を置く「家」は、その「共同経営者」とみなすのは、どの方向になるのかな。

