光る君へ第17回感想
2024/04/29(Mon)00:53

・栄華も命も人の心も、胡蝶の夢のように儚くうつろう。だからこそ、それらを何とかこの世にとどめようとあがく人の業もまたいとおしい、という第17回感想。

・今週のキーワードは「胡蝶の夢」。夢と現実の境界はあわく、万物は流転し、この世の歓楽と人生ははかない。疫病で死にかけた まひろ、そこはかとなく思い出す道長の気配、寿命が尽きる道隆、美しい日々が崩れようとしていく中関白家…と、様々なところに掛かっていましたが、皆それぞれ、ただうつろっていくままにさせないところがとても逞しいのですね。
権力移譲による家の存続であれ、ひとり静かに見出す「筆を執らずにはいられない」衝動であれ、愛する人に口ずさむ歌であれ、ただ黙っていれば手からすり抜けてしまうはずのものを必死で繋ぎ止めようとする営みには違いない。

・それにしても今回、一条天皇が公卿たち、特に内裏の標準器的存在な実資から自分に向けられた辛辣な評を聞いてしまう流れは、巧いというかえぐいというか。あれを聞いては、貞観政要をよく読んでいる聡明で真面目な青年君主ほど、ほぼ身内である道隆の意見はより厳しく退けざるを得なくなる。

また残酷なのは、関白の言いなりにはならず、伊周はまだ若年だからと条件付きにする一条天皇の判断は確かに賢明なのですけれど、その一方で、父道隆から兄伊周への権力移譲を盤石にしておかなければ、我が身を守るのも危ういと動く定子さまの危機感もまた全く正しいわけでして。

公卿たちに未熟と見られないためにも、政治判断によっては関白家に厳しく当たらなければいけない。だからこそ「定子は朕が守る」と帝は心から誓う。
しかし、「中宮さまが輝けば摂政さまの政も輝く」教えのとおり振る舞ってきた定子であれば、実家が力を失うとは中宮たる自分の後ろ盾も失われることだと、そこを分けるのはどだい無理だとひしひし身に迫っているのだろうなあ。
(まあ実際には道隆死後、伊周があそこまでやらかさなければ挽回は十分できたかもですが、光君のストーリーとしては今週時点でもう分かりやすく差がついてる感がある)

・ちょっと興味深かったのは、定子が自身の強さについて「女院様から我が身を守り…」だけでなく「帝をお守りしているうち」身についたとも述べているんですよね。女院から守るべきは自分だけでなく、女院の子であるお上も含んでいた。

つまり詮子が向けてくる冷たい敵意は、単に息子を嫁にとられた姑の嫉妬でなく、詮子と道隆家の兄妹争いでもなく、帝を我が陣営に引き込んだ上での政治対立だと認識している。内覧について前例を調べ兄に提言画策までする定子だからこそ、詮子をただ「帝を産んだ女」でなく、いち政治家としても見ているんじゃなかろうか。
先週の感想で書いたように、やはり今作の定子さま、というか光君の女性たち、政治的主体性が強い存在に描かれていて面白い。

・そう考えると余計、帝への嘆願を当然ながら退けられ、公卿らへ有効な工作もできないまま、もはや呪いのように「皇子を産め」と自分に言うしかできない父を見る定子の心境は、なかなかにしんどい。
 

・そんな帝を取り込んだ身内の影響力のみで事を推し進めようとしていた道隆家とは対照的に、子たる帝への働きかけはせず「公卿はみな伊周が嫌い」を利用して包囲網を固める詮子。
ああこのやり方、理想は高くても急進的に政を進めようとし、かつ味方づくりも怠ってしまった花山天皇を退位に追い込むとき、その反感を利用してまず上層部の総意を固めた上で、晴明に忯子さまの子の呪詛を迫ったときによく似ている。やはり、兼家パパのやり方を今のところ最もよく引いているのは詮子なんですね。

・そんな対立が進む中でも、自分の死後に子供らを支えてくれ、酷なことをするなとすがる道隆兄上を見る道兼の横顔が、どこか揺らいでるようで。
やはりこの人、真っ白な光の中を歩んでこれた道隆よりも、ゴッドマザーな詮子よりも、そして意外と全方面にあっさりしてる(ただし まひろは除く)道長よりも、実は誰よりも情に深いんだよなあ。

……これもしかして、詮子の気持ちがどうであれ道兼自身は関白になったら兄に託されたとおり伊周たちの面倒を見るつもりだし、あの闇から這い上がった男だからこそ、伊周の傲慢さ、隆家の危なっかしさを理解し正せる唯一の大人になれる可能性があったのに、病に倒れてそれが叶わなくなる流れになったりします?

・兼家が死ぬ間際「嘆きつつ~」の歌を寧子につぶやき、彼女が書いて世に残した輝かしい日々を確かめあったように、道隆もまた貴子に「忘れじの~」の歌をつぶやき、夫婦で築いた関白家の栄光を永遠にとどめる。

スンと澄ました誇り高い関白さまの顔をかなぐり捨ててまで権力への妄執を見せたのも、つまるところは愛する貴子とつくりあげた家のためだったからで。
先週今週とどんどん壊れていく様を見せながらも、最期にふっと全ての色が抜け、蝶が舞うあわい夢の光に溶けていくようだった道隆のラスト。
『平清盛』を愛する民としては、何ひとつ思うままにならぬ一生を生ききった崇徳院に引き続き、井浦さんの雅かつ峻烈な平安人を見られて眼福でした。よき道隆をありがとうございました。
 

・そして兼家、道隆の最期がこうきたのなら、最終回あたりで道長が死ぬ間際に『源氏物語』の冒頭「いづれの御時にか…」をつぶやいたら面白いのですけど、ちょっと直球すぎるでしょうか。

兼家への渦巻く愛憎を日記文学に昇華した寧子、歌で道隆を射止めてその溢れる才知を夫のため用いた貴子…と、今のところ光君の女性たちが文才を向けるのは身近な男性が主だったわけですが、今回、自分の(代作でない)オリジナル歌が さわさんを動かしたことに心震わせ、もはやターゲットを特定しなくてもとにかく筆を執りたいと突き動かされていく まひろは、はっきり別のフェーズに入ってきている。
朝廷パートの政治劇ももちろん面白いんですけど、やはり主人公として、まひろがやがて大作家へ目覚めていく過程の積み重ねも着実なんですよね。長年待ち続けた文化系大河を見ている喜びを、噛み締めている。
 

・しかし、今のところベテラン脚本のいい意味でこなれた語り口というか、ソウルメイトまひろから志を託された道長の熱い政治スタンスと、立ちはだかる道隆兄上との対立構造が分かりやすく、ストーリーを明快にもしているんですが、では後半、この道長の政治姿勢をどう着地させるのかなーという点もそろそろ気になってきてまして。
偉くなってからの道長が実際、例えば祝い事や何かで目に入る範囲内の人々に広く下々まで景気よく大盤振る舞いすることはあっても、いわゆる「民のため」の政治をしたか、というと無理がある。この辺をどう辻褄合わせるのか。それとも、光君の三郎くんが志から徐々に外れて史実に合流していくルートになるのか。
この辺をどう描くかで、まひろが何を描くのか、なぜ描くのか問いの答えもまた変わってきそうで。作家・紫式部を主人公とするドラマでわざわざ政治家・道長をソウルメイト設定にしたからこその答え、2024年の今だからこそ物語で描く答えの妙を見られたらいいなと思っています。

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