先日の『ラストマイル』感想に入り切らなかった点などを幾つかメモ的に。
ビシバシ先回りし事態を動かしていくエレナに対し、孔、八木、五十嵐の反応が、「優秀だがどこか奇妙な上司」「無茶言う取引先」「自分の支配下で動かない厄介な部下」との戸惑い怒り反発はありつつも、「女の上司なのに」「女の部下のくせに」的な感情が台詞で一言もなかったし、表情にも現れていなかったのが、なにげに面白く印象深かった。デリファス本社の上司であるサラの存在もしかり。
見終わってから、そういえば今作は、過去野木作品の女たちのように「女のくせにとは何だこんちくしょう」的場面がなかったなーと思い返し、帰ってからオフィシャルブックを読んでみたら、やはりそれは意識されていたんですね。
殊更に【女性】上司が活躍する話としないのは、いつかそれが当たり前になるための積み重ね。塚原監督の「こちらから女性上司の映画ですみたいなことを言ったら負けなので」が、ものすごく腑に落ちました。
また実際、エレナの印象自体が二転三転する2時間の中で、女ゆえにエレナが現実ぶつかる不合理や壁まで描いたら、今作のテーマである社会構造の問題から焦点がぼやけちゃったと思うので、ここのすっきり取捨選択はやはり見せ方が巧みだったと思います。
(女ゆえの生きづらさは、松本母でほんのり描写されてもいるし)
松本一家パートは、映画全体を通し描かれる巨大なシステムの向こうにいる、顔が見える個人の象徴でもあるんだろうなあ。
妹の幼さ、住んでる場所などからして、もしかしたらあの姉妹が母へのプレゼントを買うには、知り合いのお姉さんに頼んででもポチッと通販するしか手段がなかったかもしれない。
命のかかったメディカル便と並び、宅配がなければ届かなかったろう荷物がもたらす母子の小さな幸せが、消費者の物欲をあおるシステムを巨悪と糾弾すれば済むわけでない、このシステムで確かに恩恵を受ける存在もいる複雑さを突きつけてくる。
松本母、夫の浮気というイレギュラー事態でシンママやらざるを得なくなっても、恐らく女所帯のセキュリティ考えてのオートロックマンションだし、値が張っても質はいい日ノ本電機の洗濯機を使ってるし、ほんと子供のため頑張って働いてるんですね…としみじみしてしまった。
松本家の妹ちゃんが序盤、ベランダで柵に上がっていたハラハラする図は、中盤で明かされる柵を飛び越えてしまった山崎佑への構図的つながりもあったのかな。守られた松本妹と、守られなかった山崎と。
ラストの爆弾騒ぎのとき、松本家のベランダに対策が取られてたかどうか、次に見るとき確認しておきたい。
業者への偽CM受注から被疑者の住所が割れるところで、『伊吹藍』アレンジの音楽かかるのが、最高に心憎い。それでこちらが「ほらほらついに来た来た来た~~~!」と心の中でウチワ振ったら、すかさず同じテンションで「来た来た来た~~~!」と元気に無線を受ける伊吹が登場して、もう駄目でした。ありがとうございます。この演出はずるい。ドラマシリーズからのファンに対し、音楽をどう使えばいいか知り尽くしてる。
この曲はあの人、とイコールで結びつくイメージががっちり完成してるのは、シェアードユニバースものとしても強いですね。
もともとエレナは、NYで筧まどかの訴えを退けていたし、サラからの忠告を受けた上で赴任し山崎のデータを消去していたので、もし爆弾事件がなければ本当に、山崎佑はあのまま病院のベッドでデリファスや世間から抹消され忘れられたまま眠っていたわけで。
今回の映画で404が短い出番とはいえかなり満足なのは、新作がもしあるなら404の2人には「not found」な誰かを見つけてほしいと前に願望を書いていたとおり、語る口を塞がれ見過ごされてた山崎にたどり着き、見つめる404の眼差しに、見たかったものを十分満たされたからかもしれません。
いつか別のシェアードユニバースで、また2人に走ってほしいな。2人に見つけてほしい、そしてどうか間に合ってほしい人、ものは、この世にまだまだたくさんある。


