手塚先生が描かれたマンガの描き方本といえば、特に知られているのが2冊。
1968年『少年ブック』別冊付録で出された後、1969年に虫プロ商事から単行本化された『まんが専科』。マンガ家志望の少年・加藤久男くんのアシスタント時代からデビューまでのお話に、教本的ネタが挟まれる絵物語風の構成。
もう一冊は、1977年発行の光文社カッパホームズ『マンガの描き方』。前作の内容も含みつつ、より実践的かつマンガ家としての理念まで文章化された1冊。現在では一般的に有名なのはこちらのほうですね。
どちらも改めて読んで思うのは、手塚先生にとってマンガとは、「絵」も大事だけれど、それ以上にやはり「案」が大事だったということ。
トキワ荘時代の赤塚先生に、マンガだけでなく一流の音楽や映画を見なさい(=森羅万象あらゆるジャンルからネタをインプットしろ)と手塚先生が教えた話であったり、あれほど忙しい仕事の合間にも、例えば移動の車中で分厚い専門書を完読したり、毎週『B・J』連載の打ち合わせに3~4本のネタを出してきたり、御本人のインプット・アウトプットも凄まじかった話など、おなじみ過ぎるエピソードを今さら挙げるまでもなく。
なぜ、そんな手塚ファンにとって当たり前のことを再確認しているのかといいますと。4月末にこの記事の末尾で書いていた予想「ロック祭りのグッズに手塚先生の絵ではなく別人の絵が使われる」が当たってしまったからです。
公式のグッズ紹介ページで、アクキーの絵柄シルエットが発表されたときから、いくらシルエットとはいえ作品名から図柄が思い浮かばないなあ、自分の手塚感度も落ちたのかしらん…と思っていたら、何のこたぁない、手塚先生の原作絵にない未知の絵なのだから当然でした。小学生のときからロック出演作を追いかけセリフとコマ割りを覚えるまで線をなぞった記憶はまだしっかり脳にこびりついてた。こんなことで再確認しなくても。
しかし何でしょうねこれ……
本来何千枚とある、いくらでも選び放題な手塚先生の原画をただ貸出展示&グッズ化するよりも、画風模写イラストレーター氏の描き下ろし”新規”絵を会場メインにどんと据えてグッズ化もしたほうが、新たな作画料も入って会社が助かるとか何か、そういうからくりでもあるのかな。
正直な言いますと個人的な好みとして、あの画風模写イラストレーター氏に関しては、ツイッターでずっとミュートし避けていたぐらい作風や手塚作品への認識について解釈違いの彼岸にいる人ですし、その絵に手塚先生「そっくり」と思えたことは一度としてない(これは私の手塚マンガ好きが初期~中期作品ベースなのも大きいので、世間から外れた偏屈な少数意見であるのは重々承知している)のですが、それでも、あの人の作品から手塚マンガに入ってくれたファン層がいるのも確かな事実で、そこは感謝すべきことと思っていますし、公式が外部とのコラボでこの人の絵を手塚風○○と銘打って出すのも、このご時世に必要な商売だろうとは思ってました。
とはいえ、今回ばかりは「手塚風○○」新規絵が物理的に必要なコラボとは訳が違う。
有り体に言ってしまえば、ふんわりと画風の輪郭だけなぞった絵でも、自ジャンルの推しがその画風で描かれてれば「手塚風」っぽいと認識し満足してくれる外部の人向けのイベントではない。
手塚先生がご自分の手で描かれた絵、手塚先生があの知識と構成力と熱量で描かれた物語、その双方そろって成り立つ【手塚マンガ】そのものに魅了されたファンのための、いわばコアな内向けのイベントでしょう。
まあ… 何年前だったか、某ブランドで手塚キャラクターをイメージした靴が出て、デザインが可愛かったので買おうとしたら、通販特典のポストカードが手塚先生ではなく画風模写氏の新規絵(作者名表記なし)なのを見た途端、即戻るボタンを押すぐらいに購入意欲が失せたときにも、うっすら公式のやり方に疑問と不安は感じていた。
手塚先生の原画展でありながら、ポスターのメインビジュアルが手塚先生御本人(それこそポスターに使えるスターキャラ集合絵は何十何百とストックがあるはず)の絵ではなく、あの画風模写氏の新規絵が何の説明もなく使われていたときから、失望はし始めていた。
別に、画風模写氏の絵を使うなと言いたいわけじゃないんです。あの作風で名前を出し堂々と活動されるなら、それはそれでいい。
ただ、あの人の絵を何の注釈もなく、あたかも手塚先生御本人の絵であるかのように、もしくは同等かのように無記名(=ファン以外には手塚先生の絵だと誤解を招く形)で使用する、しかも本来手塚先生の絵を使える場所ですらそうし始めている公式の姿勢に、私は心底怒っているのです。
カニカマはカニカマだと正直に明記して出せば、その食感も栄養価も企業努力もカニカマそのものの価値として素直に褒められるんですよ。でも、もし越前がにフェスでカニカマと明記せず、いかにも蟹ですというテイで、しかもメインに出せば、蟹を食べたくて来た人間にとっちゃ、そいつは蟹ではないと指摘せざるを得ない大問題でしょう。
今の公式がやっているのはそういうことだ。混ぜるな危険。原材料表記厳守。棲み分け大事。
小遣いを握りしめて本屋に走り、心躍らせてページをめくり、コマ割りもセリフも覚えるぐらい読み込んだ、私の愛するロックは、画風だけなぞった絵師が描いたロックではなく、手塚治虫先生御本人が考え紡いだストーリーの中で生きているロックなんです。
異種間の相克と差別と悲劇の果てに科学者の子として理性と善性を選びとる『ロック冒険記』ロックも、1950年代ハリウッド映画のエキゾチック趣味を日本的歌劇ロマンスに落とし込んだ『孔雀貝』青年も、『ロストワールド』から『大暴走』『ミッドナイト』へ繋がる結節点とも言える『鉄腕アトム 白い惑星の巻』光一も、少年の突き抜けた欲望を悪の華として輝かせる『バンパイヤ』間久部も、80年代的軽薄さをコメディ演技に取り込み新境地に至った『ブッキラによろしく!』ロックも、全て、その役と物語とは不可分。
ロック・ホームという長年愛されてきた名優の、そのデビュー75周年を祝う初単独イベントで、私が会場にどんと大きく見たかったのは、その物語で描かれたロックなんです。
物語から切り離され、画風だけ真似されたあの絵の等身大パネルと、紛らわしく手塚先生の原画(or複製原画?)の間に配置された無記名の二次イラストを見て、わあい手塚先生の絵だあとファンは喜ぶと公式が思ってるのだとしたら、先生がこの世に存在しない飢えの中で残された原作を何度も何度も読み返してきた読者の眼をみくびらんでいただきたい。
二次創作を描く読む双方嗜む身ですし、公式二次でも映画『メトロポリス』名倉キャラデザロックをはじめ愛すべきロックは複数いますけれど、それはあくまで「二次」だから楽しめるのであって、手塚先生が描く原典ロックの立ち位置にそれらを置けるはずないんですよ。そもそも、原典が不可侵で揺るがせぬ存在だからこそ自由な二次が存在できるというのは、オタクの基本だと思っていたんだけど違うのか。
コラボで便利に多発される「手塚風○○」の画風安売り(あえて強い言葉を使う)も、最早どこをどう好意的に解釈すれば手塚マンガ原作と言えるのか分からないドラマ『君とゆきて咲く』も、やはり根っこは同じなんだろうなあ。
手塚マンガが今もなお愛されているのは、その絵だけ、キャラクター性だけ、ましてネットで受ける極端な形に切り取られ流布されている側面だけでもなく、そのストーリーやテーマ性や語り口、全てひっくるめてのはずで。
物語とコマ割りとセリフと絵とが不可分であるマンガというメディアの特性、その技法を発展させるため生涯格闘し続けた手塚先生だからこそ現代の読者にも十分通じる作品の力を、公式が実はいちばん信じていないし本気で活用しようとしないのなら、心から悲しい。
今話題になっている、マンガのメディア化で無理解を露呈する畑違い業界人の話ではなく。マンガを取り扱うのが専門であるはずのプロダクションが、創作者とそれに分かちがたく紐づけられた創作物に、最低限の敬意も払えていない現状を、ファンはどう呑み込めばいいんでしょうね……
だいぶ前から公式に高望みはせず、何度か訪問した際にも見せていただいたあの倉庫に保管されている手塚先生の貴重な原稿を、とにかく散逸させず文化遺産として保管してくれればそれでいいとだけ思っていましたけれど、ちょっと最近は、その一線どころじゃないことが多すぎる。
もう例のドラマのことも口にすまい、己の”好き”だけを追求しようと思い、ひたすら手塚マンガ原典を黙々と読む日々をここのところ過ごしてたものの、今日からイベント始まったので浮上したら、うっかり見た会場写真に失望ゲージが溜まってしまいました。
やはり昨年SNSをやめていて良かったな。もし今年もやっていたら、せっかくイベントを楽しみにしている人たちも目にするかもしれない場所で、怒りに任せた大人げない呪詛を吐いているところだった…
ちなみに『まんが専科 初級編』にあるこの部分、今の公式と関係者はどう捉えているのでしょうねというのは、少々気になるところです。
「修業時代の絵は、たいてい、だれか先輩の絵をまねて練習するもんだ。たとえばぼくは、子どものとき、田河水泡先生の絵が大すきで、おとなになってからは、ウォルト・ディズニー氏の絵を、さかんに練習した。これは、かまわないことなんだ。(中略)
ただ、すくなくとも、プロフェッショナルになったとき―プロフェッショナルというのは……つまり」
「まんが家になったときでしょう」
「そう、じぶんの原稿で原稿料をもらえるようになったとき、まだ、人の絵をそっくりまねてるようじゃ、はずかしいことですよ。だって、それで生活するんだもの。まるで、人から服を借りて、その服をだまって うっちまったみたいなもんです。」
『まんが専科 初級編』P132
―手塚さんの尊敬するまんが家は?
個性のある人なら、だれでも尊敬します。
―きらいなまんが家は?
人の画風をマネする人。
『まんが専科 初級編』P142-143

