カムカム再放送第22週
2025/04/22(Tue)23:56

カムカムエブリバディ 第22週「2001-2003」

#103 4月16日(水)


・2周目だと、えらい立派になって再登場の文ちゃんがどんなにカッコよくても、何だか笑えてしまうので、もうだめです。

・本放送のとき、親父の会社の仕事を「つまらなかった」と五十嵐が言うのは、実家の仕事そのものというより、いざとなれば戻る家と生計手段があることを逃げ道にして実際甘えた自分自身のことなのではと解釈してたんですが、最終週に作中で出てきた雑誌の五十嵐インタビュー記事に、家族に甘えた生活を本当はつまらないと思いながら立ち止まってる「今の自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた」との一文があったので、やはりそうだったんだなあと。

だとしても、こう誤解を招くような言い方をずけずけしちゃうところが相変わらず五十嵐らしいので、ようやく天職を得てカッコよくなっても、根っこが変わってないことに、妙に安心もしてしまうのです。

この口が災いする系の性格な五十嵐にとっては案外、言葉の壁があってずけずけ喋れない英語圏こそ、純粋に技術だけを見てもらえて合っていたのかも。多少の失礼もまあ英語ネイティブじゃないしなで済まされそうだし。

・条映にとってお客様のミラー監督を「ニック」と親しげに呼んだり、ひなたもその大変さを知っている死体役の経験を役立ったと余裕顔で振り返ったりと、ひなたを前にした五十嵐の滔々とした語りを改めてこう見ると、自分の道をやっと見つけられた自信はもちろんとして、それ以上に、もう ひなたを見ても10年前のように眩しさで逃げ出したりしない自分を(勝手に)噛み締めてるようでもあり、何だか微笑ましくなってくる。

正確にはアシスタントだと言いながら、ひなたの期待と驚きに満ちた「アクション監督て…?」に、「俺だよ」と堂々と返す五十嵐のドヤっぷりですよ…。慕わしい。

・何はともあれ、時代劇衰退という自分ではどうしようもない激流にぶつかり砕けた五十嵐が、たとえ自分がスクリーンに映らないとしても、ずっと修業してきた殺陣を活かせるアクション監督助手として堂々と楽しそうにしているのは、師として餞に木刀を贈った虚無蔵さんの気持ちを考えると、本当に良かったなあと思えるのです。

再会した弟子の頭にポンと手を置く虚無蔵さんの感慨溢れる顔と、泣きそうなほど嬉しいのが後ろ姿でも分かる五十嵐の師弟ショット。今日のNHKプラスのサムネになるのも納得の良い図。

・それにしても、若き日の友情を30年以上忘れずにジョーを待ち続け、いざ連絡が来ればピアノ講師を紹介し、自分とのセッションという場を設けてプロデビューさせ、相応の実力がついた時点でツアーに同行させて1ステージやらせるだけでも素晴らしいのに、音楽は門外漢の五十嵐にまで多大な影響を与え人生を好転させたトミー北沢、『カムカム』世界きっての徳の高さである。

もしかして、道場で再会したひなたに五十嵐が語るあの口調や仕草、うっすらトミー北沢を意識してたのだとしたら余計に面白いな…。

・そんなこんなで五十嵐回だったこの回でも、ラストに向けての布石が着々と打たれているわけで。
ひなたの「It's fate」とアニーの「It's my life」が、同じ回で交錯しているんですよねえ…。人生と宿命。彼女たちにとってそれが指すものは、本当は何なのかという。



#104 4月17日(木)


・謙遜もあるとはいえ、渡米以来の自分の英語をアクション用語と短いフレーズで繋いでるだけだと笑う五十嵐が、しっかり通訳までできる ひなたの英語に対し、皮肉も卑下も全くなく、ただただ純粋に褒めていることに何だか感激してしまう。
暗闇の真っ只中で ひなたの眩しさに耐えられず泣いて去っていった青年が、10年たち、あの頃よりさらに成長した ひなたを真っ直ぐ見られるのは、今やっと彼自身のサニーサイドにいるからなんですよねえ…涙。
未熟さも含めてもがき苦しんだ過去を「幸せだったと思う… 若くて、バカで、必死で」と思い返せるところまで頑張った五十嵐もまた、日向と暗闇を同等の尊さで語る『カムカム』のテーマの伴走者だ。

・「あの頃の2人に」戻りたいのかと自問する ひなたが、英語講座の録音を聞きながら巻き戻しボタンと再生ボタンを行ったり来たりする演出も、とても細やかで好き。
10年ぶりの再会は如何にも「fate」=運命めいているけど、アニーに貰った「your life」という言葉も 今の ひなたの中には息づいている。あの頃に戻る巻き戻しボタンか、次のフレーズに進む再生ボタンか。It's~isn't it?構文にどの単語を入れるべきか思い巡らす ひなたに、親子で小豆を炊く声がかぶってくる、この豊かな余意ですよ…。

聞き慣れた小豆のおまじないのフレーズ一つ一つが、アニーの「後悔のない道を選びなさい」「あなたの人生でしょう」と重なってくる。小豆の声を聞くように、自分の心の声を正直に聞けと ひなたが言われているようだ。

そして2周目だと、人生の先輩として ひなたに「後悔のない道を」と言い切ったアニー=安子も、かつて ひなたと るいのように小豆を炊きながら、自分の人生を選び取ろうとしていたことが思い返されるのです。

・本放送時の感想再掲
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初めて映画村に来たときからずっとアニーは、赤いカバンに赤いスカート、そして今日の回の赤いジャケットまで、ずっと「赤」が強く印象に残るコーディネートで統一されていたんだなあと、その色コントロールの巧さを2周目で改めて思う。
小しずさんの編んでくれた赤いニットが、稔との1か月だけの新婚生活、るいを連れて大阪に行ったとき、そしてカムカム英語と出会い小川さんに助けられた場面の安子と、強く印象づけられているように。

もしかしてメタ的なデザインとして、アニー=安子の赤色は小豆=red beanにも掛けていたでしょうか。だとしたら、シュッとしたお洒落なアニーが色でもずっと「あんこ」をまとっていたのだと、ちょっと泣けてきますね…。

・何にしても、お洒落に興味津々だった娘時代にパーマネントをかけたいささやかな夢さえ叶わなかった安子が、いまアニー・ヒラカワとしてスタイリッシュな服をまとっているのは、何だかそれだけで救いに思えます。

・終盤の虚無蔵さんとの対峙。
これ本放送のときは、ひなたの通訳を介した会話を普通に見てましたけど、アニーが実は日本語ネイティブだと分かって見ると、ちゃんと虚無蔵さんの返答を理解して話を進めつつ、でも ひなたや虚無蔵には気づかれない絶妙なやり取りになっていて面白いなあ。
虚無蔵さんの「早う西洋の言葉にせぬか」のおかしみが、2周目だと一層増す。



#105 4月18日(金)


・本放送時の最終回後しばらくしてから川栄さん本郷さんがラジオで対談され、本郷さんが「その節は(五十嵐が)すいませんでした!」と謝り、あれはないわーと2人大笑いしていたのを懐かしく思い出すの回。

・しかしまあ、元カノひなたとの関係においても最後まで自分ペースを貫き通すのは五十嵐の一貫した人物像として納得というか、むしろこれができる男だからこそ、夢破れて実家に戻り父に雇ってもらった肩身の狭い身でもその恩や立場にとらわれ過ぎず、「つまらない」と振り切って単身渡米する無茶無謀ができたんだろうなあと合点いくんですよ。

この「五十嵐文四郎」という人物を、そうだねこういう男でしたねえ…という可笑しみをもって成立させた本郷さんの演技、やはり良かったなあ。

・そして、本放送のときも私個人としては案外この結末にしっくり来たのは、もともと ひなた五十嵐の2人にカップルみより、同じ深さの沼で結ばれたオタク同士のおかしさを見ていたのはあるし、また五十嵐の言葉を受ける ひなた川栄さんのリアクションが絶妙だったのも大きいのです。

五十嵐に「誰か いい人いないの?」と聞かれたひなたの表情、一瞬ためらった後、そういえばそもそも文ちゃんと別れてからの10年間「いい人」をわざわざ作ろうとしてないし必要ともしてなかったんだ…と気づいたかのように、ふと口に出た「今は仕事が楽しい」に自分でもすっきり腑に落ちている顔なんですよね。
すみれさんの管巻き酒に付き合ってたあたりと同じく、いい塩梅に展開のクッションになってる川栄さんの受け演技。

・結局、五十どころじゃない嵐で砂埃を拭き上げて五十嵐は去っていきましたが、かつて、弱気になった五十嵐のプロポーズに対し私を言い訳にするなと決然と拒絶し、自分は五十嵐を傷つけていたのかとひどく泣いた10年前のひなたを思うと、五十嵐の人生において ひなたの眩しいサニーサイドは何の責任も負わなくてよいんだと確認できたのは、過去の棘が抜けて良かったなあと心から思うのです。
この10年で、負け惜しみでなく本心からの笑顔で「仕事が楽しい」に至れた ひなたの人生が ひなたのものであるように、単身渡米した先で自分の道を見つけて新しいパートナーとも出会ってる五十嵐の人生も五十嵐のもので。

・三世代で同モチーフを寓話的に繰り返しながら、その結果は少しずつ変わっていくという『カムカム』の百年に通底する次世代への祈りの中で、店番をしているときの出会いという安子るいと同じモチーフでも、ひなたのそれが「運命の人」にならなかったのは、もはや「ひなたの道」が結婚に左右されない三世代目の象徴になっている。

ひなたが文ちゃんと結婚したかったのは、1999年で世界が滅びる前に「好きな人と少しでも一緒にいたい」素朴な願望の一環に過ぎなかったことを思うと、大好きな時代劇のため働くことや家族など愛する人々の傍にいることは、今のひなたにとっては十二分に「結婚」と比肩し得る人生の充足感なわけで。

特別な教育や華々しい才能、自ら最先端に行く強い意思があったわけではなく、まして結婚するしないに特別の信念やビジョンを持っていたわけでもない女子が、それでもひとり「侍」として凛と立つのも可能になるまでの百年。
その土台になるのは、菓子、毎日のラジオ、大衆娯楽、そこかしこにありふれたものなのが『カムカム』という物語であり。

・「That's life(これが人生)」とつぶやき、思いと一緒にカクテルをぐいっと呑み込むひなた、三世代目として最高にカッコいいよ。未成年の新人社員のころ、早く大人になって酒に付き合いなさいよーとすみれさんに責められてた ひなたも、こういう大人の酒が飲めるようになった。

・そして今日の回は、一度は時代の波に敗れ去っていった弟子が、自分の教えを忘れず精進を重ね、自分の人生にとって大切な『妖術七変化』の殺陣を対等に演じられるまでになって帰ってきた…という、虚無蔵さんにとってこれ以上ない報いが見られたのも胸が熱い。
時代劇に人生を捧げ、「時代劇を救ってくれ」と おひなを映画村に誘った虚無蔵さんが、時代劇を救うのはあなたなのだと次世代の若者たちに返されるんだよなあ。直接オファーという一大事において、その運命を引き寄せたのはあくまでも虚無蔵さん自身の人生であり、ひなたはその傍観者に過ぎないのも『カムカム』らしい。

・本放送時の感想再掲。
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五十嵐なりの10年の長さを感じられたこの回に、アニー安子がサニーサイド=「ひなた」の名をもつ若者の顔を思い浮かべつつ、とうとう大月の回転焼きのあんこを口にしていたんですよねえ…。
綺麗な赤い爪の指が恐る恐るあんこをつまむ一見不釣り合いな画に、五十嵐の10年よりはるかに長い歳月の「That's life」を思う。


・それにしても、英語講座テキストでずっとナレーションを読んでいたローレンス氏。ひなた先生のビリーに対する淡い初恋回の後、さらにこの五十嵐の出会い、恋、別れ、そして悲喜こもごもの再会まで読んだとき、どんな感情になったんだろうなあ…。
この回を読んだときから、あのキーホルダーをいつ取り出そうか考え待機してたのだとしたら、じわじわ来る。



#106 4月21日(月)


・今回の再放送では、NHKプラスに入ったとき表示されるサムネイルが、NHKオンデマンドでの各話サムネイルと毎回微妙に違うのも、比較を楽しんでいまして。
今日の回は、オンデマが日米スター邂逅の図なのに対し、プラスは大月を出てひとり歩くトミーの図。この思索にふけるトミーの顔は、確かに2周目でこそ、ああ、このときからあの”奇跡”への準備を考え始めてくれてたのか、と余計にぐっと来るカットだ。

るいの初渡米を意外なほどあっさり描いたように、やはり今はあくまでも「ひなたの物語」としてストーリーが進んでいるわけですけど、脇のほうで静かに着実に進行していた「るいの物語」が、ここから終盤に向けて再び浮上し始めてくるんですよねえ…。

・そして2周目でも変わらず思う。SF時代劇映画『サムライベースボール』を心の底から見たいのです。黍之丞シリーズをBS時代劇でやってくださいの気持ちと同じぐらいに。

・作中でちらりと映る『サムライベースボール』のあらすじ。
ひとつの娯楽を通して交流を深める異国人と侍、彼らが巻き込まれていく幕末動乱といったら『ジャズ大名』だし、2つの価値観の狭間で生きる人間たちが野球を習得していくのは『ダイナマイトどんどん』じゃないですか。絶対に好みの映画だと確信できる。

そして、本放送のときに『ジャズ大名』『ダイナマイトどんどん』の名を呟いたら、同じ岡本喜八監督『EAST MEETS WEST』は主人公の名がジョーとトミーですよとも教えていただき、もしかして『カムカム』裏テーマのひとつは岡本喜八監督リスペクトだった可能性…??となった思い出。

実際に『EAST MEETS WEST』を見たところ、こちらのトミーにトミー北沢を重ねたらグルーピーのお嬢様方にグラスごと酒を投げられるに違いないキャラのトミー氏でしたけれど(映画の為次郎=トミーという名の史実元ネタであろう万延元年遣米使節のアイドル立石斧次郎=トミーの立ち位置のほうが、相対的には大阪時代トミーに近い)、それはそれとして、侍を西部劇世界に放り込みたい!というグルーブだけで全てを押し通していくスタイルは、とても好きな映画でした。
このリアリティラインは、『ジャズ大名』『ダイナマイトどんどん』と同じく、確かにものすごく藤本脚本(の特にトンチキ作風に寄ったとき)の味わいだ。

『妖術七変化』といい、『黍之丞』おゆみちゃん命懸け回といい、そして『サムライベースボール』といい、こうちょっと斜め上に情熱がほとばしって伝説になるトンチキ作品の作り込みが、藤本脚本もそれを映像化するNHK大阪のセンスも解像度が高い。


・ずっと「ひなたの道」を主題に据え、また一方で「暗闇でしか見えぬものがある」と陽が当たらない場所にいる者の存在も同等に描いてきた物語で、その終盤において、頑なに暗闇から出ようとしなかった人を引っ張り出し「暗闇にいたんじゃ見えないものもあるんですよ」と光の側がそっと語りかけるのも、『カムカム』の優しさだなあ。
父の後を追って飛び込んだ眩い光の中でスターの責任を果たし続けた二代目モモケンも、暗闇の中で黙々と腕を磨き務めを果たすことを本望としてきた虚無蔵さんも、どちらも侍であり「That's life」なのだと、2人並び立つ記者会見に、それぞれの歳月が持つそれぞれの価値を思うのです。

控室に貼り出されたお知らせで虚無蔵さんに添えられた「時代劇の屋台骨を支え続けた」「アメリカスタッフに溺愛され」の一文に、男泣きの轟監督&畑野助監督ズと同じ顔になってしまう。

・そういえば今日の回は、監督組と同じく勇ちゃんも男泣きで共通の回でしたね。
学生服が主力商品になり、洋服の時代になっても、父の遺言に従い「雉真の1番バッター」として足袋を守り続けてきた勇ちゃん。アメリカ映画スタッフはもとより、長年さまざまな足袋を見てきたろう条映の衣装スタッフが気に入るほどの出来なのだから、その技術と職人の雇用をどれほど忍耐強く守ってきたかがよく分かる。

また、作中であまり出番はなかったですけれど、一見ドライで優秀な三代目として描写されてた昇くんが、不採算部門だったろう足袋を切り捨てず、祖父と父の願いどおり今まで残してあげている事実にも、雉真昇という人物の描かれなかった厚みが垣間見える気がするのです。

・「雉真の1番バッター」だった足袋に、ようやく打順が回ってくる。
その足袋が、杵太郎のお気に入りで、畳の上でヒョイとダンスするときの相棒で、金太と千吉をも意気投合させ、安子と稔の結婚に結びついたことは、今はもう誰も(視聴者以外は)知らない。

それでも、雉真の足袋がアメリカの映画スタッフの目に留まることで、稔がかつて安子に語った夢「いつか雉真の製品を欧米と取引できるようにしたい」は叶っていて。

人の生き死に、記憶が消えること、それでもモノは残り、叶う願いもあることに、百年の長さを思う回。
 



#107 4月22日(火)


・今日の回の感想を書こうと反芻していると、何周回っても最終的には泣きながら本放送のときのこれになる。
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・「みんな、間違うんです。みんな」
すごく気の利いた名台詞としてではなく、大月るいという人の人生そのものから絞り出される言葉として、また百年の中で入れ代わり立ち代わり登場し去っていった全ての人々へ捧げられる言葉として、この台詞が百年の文脈の中にじっと存在している。『カムカム』が107回かけて紡いできた、現在地を示すかのよう。

・「みんな、間違うんです」の意味するところがとても好きなのは、それが弱さへの開き直りや諦念ではなく、あなたも私も間違えるのだと認めた上で、それでも、傷つき傷つけられることまで含めて人同士が関わっていく営みをそのまま愛そうという、静かな強さが見えるからなのです。
誰もが間違うし、時には取り返しのつかないこともあるし、でも棘が刺さったままだって人間らしい感情を交わすことはできる。許しとは別の次元として人間の業ごと肯定し、「それでも人生は続いてく」と見据え、「それがしんどい、それがおもろい」と言い切る藤本脚本。

そしてこれを言った るいが、あのとき幼い私も若かった母もどちらも間違えたのだと真っ直ぐ見つめ、さらになお「そういう人やさかい、私のお母さんは」を経た上で、しかし自分のための「I love you」を叫ぶに至るのが、残り5回なんですよねえ…。

・視聴者側から見れば、雪衣のあの言葉はきっかけの一つに過ぎなかったし、また安子の絶望がドミノ倒しのように重なっていった過程や るいの「I hate you」を雪衣は知るはずもない。
それでも、結果的に安子が るいを「雉真にお返し」して消える形になったことは、どす黒い感情で自分が幼い子供にかけた言葉がまさかそのまま言霊になり実現してしまったという、後ろめたさと居心地悪さだったはずで。
その罪悪感を数十年抱えながら必死に生きてきた彼女の謝罪を、無条件に許すでもなく、死ぬ前に謝って楽になりたいだけかと切り捨てるでもなく、ただ「みんな間違うんです」という台詞で丸ごと包み込むのが、藤本脚本なんですよ…。

・雉真という家に必死で居場所を求めて精一杯尽くしていた彼女にしてみれば、突然戻ってきた安子は身勝手な嫁でしかなかったという反転で、岡田結実さん時代の若き雪衣の鬱屈がスッとつながり、彼女が心を込めお仕えしていた美都里さんの像も、多岐川裕美さん演じる雪衣にふしぎと重なって見えるんですよね。

三代ヒロインが物語のバトンを渡していくのと並走するように、ひとつの役をリレーした勇ちゃん役の村上虹郎さん→目黒祐樹さん、雪衣さん役の岡田結実さん→多岐川裕美さんのバトンが綺麗につながったのも、百年の物語を彩る厚みだったなあ。

・「毎朝、雪衣と勇は2人一緒に『連続テレビ小説』を見ました」。
相手が誰だろうと自分の興味関心=野球に引き込んでコミュニケーションを取ろうとし、安子の大事なあんこ炊きのおまじないも途中で遮っていたあの勇ちゃんが、雪衣さんと過ごす最期の日々には、彼女の支えだった朝ドラを毎日一緒に見る。このナレーション一文に込められた「I love you」の深さが、とても『カムカム』らしい。

・また、朝ドラ大好き雪衣さんが亡くなるとき見ていたのが『てるてる家族』というのも、じんわり来るのです。ミュージカル調の明るい演出と笑いに紛れさせながら、いやむしろ、その虚実皮膜なリアリティラインでこそやっと描ける恐ろしく苦いものをも さらりと入り込む物語という点では、とても藤本脚本と同じ系統の作品だと思ってますので。

『カムカム』で特に取り上げられた朝ドラは『おしん』と『オードリー』でしたけど、おそらく藤本さん、『てるてる家族』の作風も特別お好きだったのではと半ば確信している。米朝師匠親子も出ていらっしゃるし。


・久々に会った ひなたに、回転焼きの質問をするアニー。
ひなたという「素敵な名前」、あんこを口にした時の気づきとで、薄々もしかしてと思いつつも確信には至らなかった(もしくは認めるのが怖かった)それへ、それでも近づかずにはいられなかったんだろうなあ。

渡米後のアニー安子は日系人社会にも慎重に近づかず生きていた形跡があるので、恐らく日本語も固い決意の下に長く封印していたはず。彼女にとってこの数十年、あんこのおまじないといったら「おいしゅうなれ」でなく、ロバートが英訳した「Be delicious…」だった可能性もあるんですよね。
だとしたら、ひなたが呟く「A magic spell」は、余計ダイレクトに彼女の耳と心に響いたんじゃなかろうか。

木漏れ日の中でロバートから受け取った英訳のおまじないが、日本でサニーサイドの名を持つ若者の口から出てくる。アニーにとっての運命と、そして人生。

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