ノンキナトウサン
2024/06/22(Sat)23:47

本日の『おとなのEテレタイムマシン』は、1981年『日曜美術館』再放送で、白洲正子が語る黒田清輝。70代でも背筋まっすぐで理路整然としゃきしゃき言葉を紡ぐ白洲正子、かっこいい。

そして面白かったのが、白洲正子が晩年の黒田清輝を回想して「のんきな父さん」と表現していたんですね。しかも2回。
字幕では「のんきな父さん」となっていたけれど、これもしかして麻生豊の大ヒット漫画『ノンキナトウサン』のことだったのでは。

白洲正子が1910年生まれ。黒田清輝は1924年没。そして『ノンキナトウサン』の連載開始は1923年4月。
晩年の黒田清輝を写真で見てもつるりと禿げ上がった丸顔だし、白洲正子の「赤ら顔で、えびす様みたい」との言葉とあわせると、確かに子どもがノンキナトウサンと重ねてもおかしくないお顔だ。

とはいえ、もし本当に白洲正子が『ノンキナトウサン』に言及してたとしても、これが一般単語ではなく作品名だと気づかれない可能性も高いのかな。今回の再放送監修側にも字幕制作スタッフにも。なにせ大正時代の作品ですから。
(とはいえ、仮にこれ作品名かなと思っても、よほど当時の台本が残ってるなり確証がなければ『ノンキナトウサン』表記にもできないよな…とも思う、元・字幕制作下請け者)

『ノンキナトウサン』といえば、ちょうど去年復刻版が出たので喜び勇んで読んだら、手塚マンガの特に初期~中期に通じる元ネタらしきものがちらほら発見できたのがまた楽しくて。手塚先生が学生時代に描いたオールスター二次パロ『勝利の日まで』にも登場しているので、やはり影響を受けた作品の一つなんだろうなあ。
今年出た『手塚治虫キャラクター名鑑』収録の創作ノートでも、後に「ノンキメガネ」の名で知られる、でも見た目からして明らかにノンキナトウサンがモデルのキャラクターが、赤本時代最初期の頃描かれたキャラクターシートだと、もうそのまま名前が「ノンキナトウサン」だったので、ほんと手塚先生、ノンキナトウサンが好きで馴染み深かったのではと。


1928年生まれの手塚先生が割と晩年まで愛着込めて描いていたスターシステムキャラの元ネタで。1910年生まれの白洲正子が1981年に親しい親類のおじさん画家を例えた(かもしれない)キャラクターで。そんな大正時代の大ヒット漫画は、連載開始から去年で百周年。そして、そのタイトルはもしかしたら一般に、音で聞いてもすぐ正確に『ノンキナトウサン』と変換されないのかもしれない。

改めて、あのあたりの文化人が戦争を挟んで明治大正期と戦後昭和を結んでくれている存在だったことと、その人たちもまた”歴史”になりつつある今を感じたのでした。

昨今のあれこれと併せて、いろいろ考えてしまう。

 

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