・サスペンスも恋愛も異国情緒も全部盛りだったワクワク越前編を経て、都でそれぞれが下す「決意」。相変わらず、並行して進む朝廷パートとまひろパートの交錯ぐあいが面白い。そして乙丸おめでとう。(光君の最推しは乙丸かもしれないと自覚しつつある)
・ききょうが最愛の主人ひとりのために書き、定子の命を繋いだ『枕草子』を、伊周が中宮陣営復権のため流布させる。
文学の価値が、ただ文化そのものとしてだけでなく、宮廷における政治と分かち難く結びつき存在していた時代をきっちり描いてくれるのが、やはり今作の好きなところだなあ。もう政治は引っ込んで文化人として生きる宣言をしていた公任が、帝と中宮のため笛を吹き、少納言との歌のやり取りを褒められるまでは良いとしても、歌の会をここで開いてはと言われた途端、スッとガード固くしてた微妙な空気感にもそれがよく現れていて。何度も書いているけど、文化大河ありがとう。
・光君の定子様はとにかく父や兄に振り回された人であったので、それでも ききょうが中関白家の美しき日々を描くとしたら、それは彼女の忠義と意地が成すものかと思っていたのですが、そういえばここまで、ききょうが書き定子様が読み上げた『枕草子』は、四季や動物などの部分だった。
もし、『枕草子』に書き留められた中関白家の栄光パートが、定子様の誇りと家族への追憶を支え慰めるためでなく、伊周の政治的要請が色濃く反映され描かれていくとしたら、なかなかえぐいし、その人を惹きつける魅力ゆえ『枕草子』が意図しない形で広まり利用されてしまう ききょうの困惑は、やがてまひろにとっての『源氏物語』が同じく味わう試練かもしれず。
とはいえ、ききょうさんのことなので、伊周の思惑の下『枕草子』続きを書くとしても、案外したたかに自分と定子様のための芯は守り抜くかもしれませんが。だとしたら、まひろ出仕後のききょうとの関係も、単純な対立陣営に分かれた旧友同士にはならないかも。楽しみ。
・己は何のために描くのか、と創作者の心理をここまで丁寧に積み重ねてきているので、後半では、その描いたものの価値と意味をどこまで人に引き渡せるかという職業者の宿命まで踏み込んでいくのかな。
・まひろと宣孝の婚礼も、この史実年の差婚を見る側に受け入れさせるため、ほんと第1回から慎重に積み上げてきたなあ…と振り返る。
親戚の面白おじさんからガチ求婚者への変化でも、その年の差アウトラインギリギリ感は決してイケオジ雰囲気でごまかさず、でもまひろが最終的に落ち着く場所はここしかないかと納得させられる宣孝。裳着の儀の夜からポンポン遠慮なく宣孝おじさんへぶつける言葉が、反抗期小娘の疑問から対等に交わす機知へ変化していく まひろ。このグラデーションがやはり長尺の醍醐味。
・かなり前の週ですが、為時邸を訪ねてきた道兼の前で琵琶を弾き「あの男に自分の気持ちを振り回されるのは もう嫌なのです」と言い切ったあの台詞が、今思い返しても、まひろの人物像を端的に表すものとして印象深いんですよね。
為時パパは娘の性質を「潔癖」と言い表すけれど、まひろのそれは、例えば賄賂として余分に納められた税を民に返す為時の律儀な真面目さとはまた違う、自分でも持て余しかねない激情を学問や理屈でねじ伏せていく気骨であり。
道長の妾になるのを「耐えられない」と拒絶したのは、北の方がいても一番はお前だとささやく男の言葉に振り回されるだろう未来への拒絶だし、そんな「求め合いすぎて苦しかった」道長との恋を冷静に振り返れる今だから、感情として楽になれると保証してくる宣孝が、にわかに現実的な選択肢になってくる。
・で、まあ実際、母の死や惨殺された友の埋葬という特殊な経験値ゆえ、周明に殺すと切っ先を突きつけられてももはや脅えも動揺もしない規格外の女になっている まひろにとって、タブーぎりぎりの派手な格好で御嶽詣でする酔狂な宣孝に、お前を丸ごと引き受けると自信たっぷり言われるのは、自分も相手も振り回されない未来への約束として案外信頼できるんじゃなかろうか。
このあたり、宣孝の史実エピを拾うでもただ面白い挿話として使っただけでなく、後々こうして、フィクションとして盛られたまひろの人物像を受け止めるクッションとしても、ちゃんと効いてきてる。
・私もお前も互いに「不実」でおあいこだと受け入れ合う、二人の結婚。
台詞だけ聞けば、例えば時代は下りますが、二条と後深草院と雪の曙が互いの不実を知りつつそれすら恋の妙味として楽しんでいた気配すらある『とはずがたり』などの宮廷デカダンスに通じる気もしますけれど、同じ回の中で、妻持ち福丸とあっさりいい仲になる いと、一生独身かと思いきやあっさり妻を連れ帰る乙丸が描かれたので、作中で結婚のハードルがぐぐっと下がり、まひろと宣孝の言葉にもふと軽やかさが混じる。
祝い品に添えられた自筆でない文が最終的にまひろの背中を押すほど、やはり今もまひろにとって大きな存在は道長。
だとしても、まひろが受け入れる宣孝との結婚が、行き遅れた末の不本意な了承でも、本命とすれ違ったための自棄っぱちでもなく、様々な恋も愛も見た上で まひろが自分のために納得の末選んだもの、そして平安時代婚姻システムの中で感情の落とし所を定められるものだとじっくり描かれたのは、とても良かったなと思うのです。
・とはいえ予告編だと、早速来週、まひろが嫉妬?しているようで。まひろがどんな新たな感情を味わい、またそれをどうねじ伏せていくのか、楽しみだ。
宣孝に灰をぶつけているあれ、玉鬘のもとへ行こうと浮かれる髭黒に灰をかぶせる北の方ですよね。洒落者の髭黒に酔狂な宣孝を重ねるのかと思うと、今からふふっとなる。
・道長の辞表、史実だとこのときは病のゆえだったと思うのですが、ドラマでは政を憂う左大臣本気のお諌め…もとい脅しになるのか。
第21回で流罪になる伊周と貴子を引き離した頃から顕著になってきてましたが、序盤では周囲に安心安定感さえ抱かせていた道長くんの低体温無表情が、地位向上にしたがい、その読みにくさは対面する相手に与える無言の威圧と酷薄な印象に意味を変えてきてるなあ。これもまた、長尺大河ならではのグラデーション。
ところで私はしつこく2022年の亡霊なので、このシーンでどうしても思い出さずにいられなかった。甥っ子の将軍に要求を飲ませるため、本気で職を辞しますと申し出た、その地位への無欲さが最強の切り札になった執権殿を。(というか、小四郎のあの要求は、彼にとっての鶴丸という存在、相応しい成果を公に示すよう一応手順を踏ませたこと、そして実朝の拒絶理由がほぼ嫉妬だったのを考えると、吾妻鏡エピよりも小四郎に言い分がある要求だったとは思うんですよ… 言い方は辛気くさかったけど)
史実だと道長と一条天皇の間では今後も、辞めます・いや辞めるなの駆け引きが繰り返され、それは権力をじわじわ掌握していく道長からの試し行為でもある。
鎌倉殿の小四郎は、もし本当に辞めていいよと言われれば清々と伊豆に帰っていただろう未練なさが逆に強みだったわけですが、光君の道長はどうなるのかな。晴明に言われたとおり宝=娘を入内させ、いよいよ抜け出せない領域に入っていく先は、果たして。

