いい最終週だった~~~。大満足。
スパッと潔く歌手を引退されたモデル笠置シヅ子さんの史実に沿い、ドラマも福来スズ子が歌手を引退するところでスパッと終わる。主人公や周囲の人々がこれまでを振り返り慈しむさよならコンサートの惜別が、最終回を迎えるドラマそのものの「さよなら」とオーバーラップする虚実皮膜。
ほぼ毎週力の入った新規ステージを贅沢に披露し続けてくれた『ブギウギ』の集大成だったし、1週かけじっくり「さよなら」を描きつつ懐かしい人たちをほぼ出してくれたのは視聴者への福利厚生だし、そして主人公の人生は続くよと日常の余韻でさらっと終わるのも、主人公を天才スター歌手としてより一人の長所も欠点もある人間として描き続けたこの作品らしい締め方だったなあ。
はあ、楽しかった。毎朝よい音楽が聞けて耳に心地よい半年でした。
笠置シヅ子さんの評伝ドラマではなく、あくまでも「福来スズ子」が主役であり、それは周囲の登場人物も同じだったわけですが、その創造されたキャラクターであるはずの「福来スズ子」や「羽鳥善一」の言動を通じてこそ、モデルである笠置さんの凄さや服部良一さんが作った楽曲の天才性、また生きた時代背景に迫っていくところが多々あったのも、面白かったなあ。
『らんまん』が、牧野富太郎博士の評伝ドラマでなく、あくまで彼をモデルにした「槙野万太郎」を主役に据え、その人生を物語として大きく解体再構築することで却って、史実モデルの業績、科学観が鮮明に打ち出されていたのと同じく。
もちろんそこで、膨大な「史実」の中から何を拾って物語にするかに、造り手側の価値観が照射されていることも含めて。
繊細で抑制的な緊張感が隅々までみなぎっていた『らんまん』、カラッと勢いのある義理と人情の話だった『ブギウギ』と、作風は対照的でありつつ、モデルと物語の関係としては、脚色の仕方に共通するものを感じた2作の連続でした。
このあたり、大河ではなく朝ドラ枠だからこそできる脚色とも言えるかもしれませんが、「史実」であれ「原作」であれ、元ネタを知っていても満足できる脚色って何なんだろうなあ…と、最近いろいろ思うことが多いので、ちょっとまた続けて考えていきたい材料。
そして、夜の朝ドラSPを見たら予想以上に『ちりとてちん』&『カムカム』の尺が多くて、びっくり嬉しい。何ですかこれ、藤本脚本まつりじゃないですか。
いやあでもほんと、こういう番組というか特集で、『ちりとてちん』が名作として定番になってきているのが、ちょっと感慨深い。今日の番組司会だった横澤さんが象徴的だったように、ちょうどあの作品がグサグサ刺さった世代が、作り手側に来ている証なのかもしれない。
というわけでそろそろ朝ドラ枠だけでなく大河枠のほうでも、『平清盛』に再放送か何か、分かりやすく再評価される機会は来ませんか。あるといいなあ。
(10年前の『ちりとてちん』再放送時のTL、初見の人たちの清新な感動ツイが溢れていた様は、今思い返しても胸が熱くなるのですよ…)

