頼んでねえよ、とあなたが笑っても。
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直秀たち散楽一座追悼。
彼らの芸と生き様に、ふと梁塵秘抄の「声わざの悲しきことは、我が身かくれぬる後、とどまることのなきなり」を思い出してしまい。
直秀たちがどの程度字を読めたかは分かりませんが、彼らの芸は、字がそれほど読めない人たちのためにあったろうし、彼ら自身も字で何かを書いて残すことに必要性や意義をあまり感じてなさそうだなという妄想。
インタビュー記事によれば、土を握って死んだ直秀に、道長が扇子を握らせて弔ったのは現場でのアイデアだったとのこと。
同じく、第2回最後で初めて素顔で直秀がまひろとニアミスしてぶつかったとき、落とした筆(父に禁じられた代筆仕事に向かうはずだった)を拾って渡すのも『月刊ドラマ』掲載シナリオには無かったので、これも現場で加えられた動きなのかと考えると、直秀にとっての扇子、まひろにとっての筆、合わせてすごく象徴的に思えたのでした。
毎熊さんの佇まい、まひろ三郎直秀のバランスで、たった数回でも忘れ難い登場人物になりました。そしてこの喪失が、今後「ソウルメイト」に落とす影の濃さを思う。







