物盗り目的ゆえ小一郎の機転がまだ通じた最初の野盗たちとは違い、ただ凶悪に中村を蹂躙していったあの第二波の集団は、立派な鉄砲の装備といい、新吉の首をすっぱり斬った腕といい、つまり前半でお市様が「心配し過ぎ」ていた、今川の息がかかった野武士集団ということなんだろうなあ。
ちょうど信長が伊勢守家を滅ぼした直後なのも、「ちっとも、わしらのこと守ってはくれん」殿様への不信を領内に呼び起こすタイミングになるわけで。
もしそうなら、予告映像で見えているように、目指すは今川の首!と告げる殿の言葉に対し、もともと出世意欲満々な藤吉郎兄者だけでなく、小一郎も積極的に大声で応じているあの姿に、ひとつ強力な動機が加わるのかもしれず。
それにしても、第1回ラストで、いざとなれば(弟を守るためなら)人を斬れる兄者に対し小一郎が抱いた素朴な恐怖を、どう解消しても兄弟出世街道のスタートラインに立たせるのかと思っていたら、解消するも何もなかった。藤吉郎の間者始末どころじゃない、もっと無意味に人をあっさり殺していく武装集団の襲来によって、「これがこの世」と小一郎に自覚させるんですね。
戦に行きたくない、円満解決したい、という一見共感しやすいものだった小一郎目線の認知が2話かけて微妙に変わっていくのを通して、戦国ワールドの青雲立志編へうまくスライドしていったなあと思える開幕でした。
このあたり、今回はやはり戦国時代をどう「ド直球サクセスストーリー」として今の時代に描けるか、すごく考えて微調整と接続がされている印象。
身近を襲う不幸や理不尽に泣くとしても、やはり簡単に人が死ぬこの世は当たり前で。
だから、まだまだヒヨッコの青年たちが現時点における認識枠内で思いつけるのは、決して「戦をなくして平和な世をつくる」なんて枠外に及ぶ気宇壮大な理想ではなく、せいぜい顔見知りの範囲に腹いっぱい食べさせてやれるための侍大将であり、国持ち大名であり、はたまた将軍様であり。
それだって、母が指差すお天道様と同じぐらいに遠いファンタジーで、だからこそ若造が笑ってぶち上げられる愉快な夢でもある。
藤吉郎と小一郎という二人の主人公が、「後の豊臣秀吉」「後の秀長」からの逆算ではなく、今はただ少々機転がきくだけの明るく調子に乗りやすい若者でしかない、としての描き方が結構細かいところまで一貫している。
そういう部分も含めて、今年の大河はその回ごとの物語をそのまんま素直に受け取って、楽しんでいきたいなあと思えるのです。
ところで、私はいまだしつこく鎌倉殿のラストを引きずっているので、家臣団に囲まれ、殿!と口々に呼ばれ、勝利を祝われる小栗さん信長を見ていると、つい思い出しちゃいますね。
当時、せっかく大河主役なのに家臣という存在がいなかった……と少々しょんぼり気味に、どう家松潤氏の主従和気あいあいを羨ましがってた小栗さんを。
夕方ニュース番組でのインタビューで小栗さんが、今作の信長は弟信勝を殺したことがトラウマになっている、だから木下兄弟の仲良さを見ると傷をえぐられる、と言われていたので、まあ今回もなかなか小四郎に負けず劣らず高負荷メンタル人生のようですが、それでもやはり今の信長を見ると、ようやく待望の家臣団を持ててよかったねえ小四郎……とつい思ってしまうのです。

