カムカム再放送第3週
2024/12/06(Fri)13:56

カムカムエヴリバディ第3週「1942-1943」

#011 12月2日(月)

・2周目に聴く「英語講座を放送しなくなったラジオは…」のナレーション。この文も ひなた先生が書いたのだと思うと、最終回で、来年も英語講座の継続が決まったと喜ぶ ひなたの笑顔が頭に浮かぶ。
やはり『カムカム』のラジオ講座は、『ちりとてちん』の常打ち小屋なんですよ。いつもそこにあり、自由に出入りできる日常の象徴。

・上京する勇に、千吉は「お前なら東京でも(野球で)活躍できらぁ」と激励するし、美都里さんも手ずから荷造りしてやって、進学すれば徴兵されないで済むと安心する声に嘘はない。両親にとって完璧なデキる長男の稔とまた違う形で、勇もちゃんと愛されてはいるんですよねえ。それが分かっているからこそ、勇も兄と位置が被らない「野球バカのやんちゃな次男坊」役であえて振る舞ってる節はあるのかもしれませんが。

・この後、ずっと安子が着続ける赤いチョッキも今日から登場。
禁止令さえなければパーマネントかけるつもりだったほどお洒落大好きな娘のため、小しずさんが貴重な毛糸で編んでくれたこの可愛らしいチョッキが、この後の安子にとってどれほど重く温かな意味を持っていたか、2周目だと考えずにいられない。(そしてアニーの赤いコートへ繋がっていく)

・ディッパーマウスブルースでうっとりサッチモを聴く安子にかかる窓越しの光が、おとぎ話のようだった第1週と同じ穏やかさでなので、その美しい光が差すまま、突然ガシャンと窓ガラスを割る石と「敵性音楽」の脅迫張り紙という不釣り合いな現実が飛び込んでくるギャップが強烈なんですよ。

・それにしても、徐々に人物像が浮かび上がってくる美都里さんの存在感がやはり怖くて巧いなあ。
稔への”溺愛”を叶える鯛や牛肉が戦争中のご時世に買えるのも、夫が営む軍服製造、戦線拡大による需要増ゆえなんですけど、その戦地へ自分が行かないことの至極真っ当な申し訳なさを稔が口にしたら、あなたみたいな「優秀な子」は危ないところ行かんでもええと言い出す。
単なる金持ち奥様の鈍感さや愛情ゆえの利己的振る舞いというだけなく、そこに「優秀な子」という弁明を付け加えてしまうところに、かえって彼女の神経の細さを感じるのです。

家の中に囲い込まれ、夫と息子を溺愛する以外の人生をほとんど知らない(何らかの趣味や婦人会等以外の人付き合いがあるとも描かれない)、その狭い世界を壊されることへの過剰反応でどんどん顕わになってくる美都里さんの気質が、この後の展開で毒にも薬にもなっていくのがまた面白いのですが。

・「あんたは騙されとる」の言葉に、稔が思わず「母さんは!」と強く返すのは、もちろん安子のこともあるけど、その前の「優秀な子は(戦地へ)行かんでええ」から感じてた苛立ちもあったんじゃなかろうか。稔の真面目な潔癖さからして。それでも、すぐ「…黙っとってください」といつもの静かな言い方になってしまうあたり、いかにも反抗し慣れていない長男。

・たちばなのショーケースも、とうとう商品が店正面側の上段だけになってしまった。おはぎと団子と安倍川餅。この寂しいショーケースを映すからこそ、そんな貴重なお菓子を利用してまで安子をわざわざ呼び出す美都里さんの仕打ちが残酷なんですよね……。そうだ、ここで明日へ続くでした。わー。

・先週まででも少々浮かれた文量になってきてて、今週からもう少し抑えようかと思ってたのですが、こんな僻地の感想記事でも楽しみに読んでくださってるとの嬉しいコメントを頂いたので、調子に乗ってこのまま浮かれ続けます。ありがとうございます。


#012 12月3日(火)

 

・美都里さんが安子に向ける言葉の何が怖いって、初めから「息子をたぶらかす悪い女」と憎悪をぶつけるでなく、あくまでも言葉の上では「注文どおり配達に来た地元商店街の娘」として接し、稔のこともわざとよそよそしく「上の息子」と呼ぶことで客と店員との一線を引き、話が核心=2人の出会いに及んだら、安子と稔2人が主語となる「出会った」ではない、あたかも安子が一方的に近づいたかのような言い方「そのとき稔を知ったんじゃね」で、安子に後ろめたさを抱かせるのがチクチクと巧妙すぎるんですよね…。
直截的な侮辱と拒絶「暮らしの足し」「稔に近づかないで」も怖いけど、微妙に反論できないこの前段も、まだ世間擦れしてない16歳の安子にはダメージきつかろう。

・あの強面の田中ですら、笑顔にはならずとも大福を頬張って「お茶が怖い(=うまい)」とオチはつけてたのを思うと、怒る人も悩む人も笑顔にできると信じ大切にしてきた甘いお菓子を、あろうことか悪意と侮辱の手段に使われたことが、安子にとってどれほどのショックだったか。
西日差す部屋で「ごめんなさい。私が間違うたんです」と縮こまる背中の悲しさ。

・安子のことだから、きぬちゃんに対しても、私が悪いんだと言ってそうだけど、きぬちゃんとしては親友の荷を軽くするだけでなく、稔がどこまでこの件を知ってるか、もし知ったらどうするかの本気度も確かめたかったんだろうなあ。
いきなり返された謎の金で「??」となり、ちゃんと説明してくれと必死な稔坊っちゃんの態度に、ああやっぱりそうかと何かを見極めたように話し出すきぬちゃんが、チャーミングで頼もしい。

・そしてこの回は、ド正論紳士千吉さん回でもある。
稔さんも、安子と菓子屋を格下とみなす母の侮辱にはまだ反論しようがあるけど、一代で会社を築いた父が、たちばなも同じ商売人と対等に認めた上で(おはぎを継続注文してるのでここは既に実証済)、分野違いの勉強してきたお前が即戦力になれるのか突き付けてきて、しかも前に自分自身が橘家両親への説得に使った「時勢の厳しさ」を持ち出されたら、もう何も言えないよな…。
美都里さんの遠回し精神攻撃とまた違う、道理で感情をふさぎ頭を抑え込む見事な正論。

・こう、藤本脚本は、ちっぽけな人間が何重にも包んで心の奥底に守っている柔らかな部分が、ふっと救われる瞬間を描くのがすばらしく巧いだけに、それを的確に踏みにじっていく残酷さを描くのもまた巧いんですよね……。(好き)

・千吉さんのこのド正論、2周目で見ると、ああこの反論しようのないブルドーザーのような「正しさ」が、やがて安子のことも追い詰めるんだ…と遠い目になる。
平安時空から時忠を連れてきて「正しすぎるのはもはや間違っていることと同じ」と言わせたい。

・しかし、稔の甘さを厳しく指摘する千吉も、すべて察して安子と稔が直接話す機会をつくる金太も、あの時代に子の幸せを願うただ普通の親であることに変わりはないんですよね。
この、親たちが子のためどう行動するかの変遷も、百年の物語のリフレインだなあ。

・甘い菓子は人を笑顔にすると信じ、兄・算太の”甘さ”も笑って慕っていた安子が、「長うて甘い夢」を否定する。その強い拒絶にかえって、稔と英語がもはや安子の中でアイデンティティに等しい甘いお菓子と同じ位置になりつつあったことが、にじみ出ていて。


 

#013 12月4日(水)

 

・行方不明だったはずの算太が召集令状を機に戻ってきたのは、恐らく小しずさんだけは息子と連絡を取っていたんじゃないかと本放送の頃も推測されてましたけど、どんな方法で知らせたにせよ、本籍地に届けられる令状が実家たちばなに来たということは、「勘当」されたとはいえ算太はやはりまだ橘の戸籍に入ったままだったことになるんでしょうかね…
だとしたら、算太を岡山に呼び戻すのは形の上だけでも戸主・金太さんの義務になるのか。「赤の他人」と呼び、家にも入れず見送りもしないと決めた息子を、それでもお国に対する家長の責務として。

・稔が雉真の長男という立場に雁字搦めになっているように、あんな軽やかに悪びれもせず逃げ回っていた算太も、橘家に届いた召集令状にはとうとう抗えないわけで。
この先も生涯ずっと逃げ続けることになる算太が、唯一逃げきれなかったのは、このときだけ。
きぬちゃんが、こんな世の中だから必要だと言ってくれたお得意のまっぜ返しすら、見送りの場では「お国のために踊って…」と言いかけ引っ込めざるを得ない1942年。

・本放送時から何度も書いてるけど、『カムカム』の落語的リアリティラインを担保しているのが算太なので、その彼が”現実”に絡め取られるということは、いよいよ厳しい状況だと伝わるのですよ。

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・それはそれとして、本籍地から離れフラフラと住所不定になってた人は当時、実際のところどうやって応召したんだろうとは3年前からちょっと疑問なので、そのうち調べてみたい点。

・投げやりな稔兄さんを殴り飛ばす勇ちゃん。好きな女を悲しませるなと拳で語る王道の熱い兄弟ゲンカ。これがベースにあっての ひなた編、「娘を泣かせやがって」「一発殴らせろ」と言われるのか身構える昭和気質な文ちゃんと、全くその気はない ふわふわジョーさんというギャップなんだろうなあ。
ここにも、3世代での変遷があったと気づく2周目。

・小豆を仕入れてきた場面で、小しずさんが言う「里の身内はだいぶ前にみな亡うなっとる」。それでも小豆を分けてもらえた有難さの説明だけでなく、戦後編で安子がああなったとき母方で頼れる血縁が誰もいない仕込みになっている。ひぃ。

・店を開けられなくてもせめて近所のお祝い事で何か作れれば、という小しずさんの思いやりは、金太の職人としての誇りを理解しているからだし、小豆農家生まれとして自分もまた甘い菓子の効用を知ってるからでしょうね。短いやり取りの中に、やはり安子はこの2人の子供なのだとしみじみ思う。

・庭の紫陽花や椿が消えて畑になり、画面にあふれていた季節の色も消える。
ディッパーマウスブルースを「出っ歯口の憂鬱」と書き換えさせられたマスターのやけっぱち感あふれる文字と併せて、このどんよりと先が見えない状況への没入感は、やはり『カムカム』演出の引力だなあ。


 

#014 12月5日(木)

 

・千吉と金太、経営者であり人の親でもある2人が、ただ静かに語り合う中にそれぞれの矜持と愛情の形が見える、とても好きな回。しみじみとした名演技。

・一代で会社を築いた千吉の原点、父から継いだ味を守る金太の誇り、足袋ひとつにもこだわっていた杵太郎の洒脱さ、先代の初七日だから貴重な材料で汁粉をつくる必然性、商売でなく誰かのため作ってあげようと小しずさんが貰ってきた小豆、甘いものを食べる人の笑顔が好きだという安子の信条。
ここまで積み重ねてきた各人の”その人らしさ”が、ここでスッと糸を束ねるように、千吉の「ぬくもりますな」へ集約されていく自然さが、ああ藤本脚本だなあと。

・今週に入ってからずっと、戦時下という厳しい状況で各人の特質も裏目裏目へも出ていて苦しい展開だったわけですが、今日のこの場面で、それらが一瞬ふわりと好転するんですよね。
商品として売れる菓子が店先にないからこそ、奥から出してきた汁粉の温かさは尊く、それを飲むため店先に千吉が座る時間が生まれる。稔を理屈で追い詰めるほど鋭い千吉の経営者マインドだから、よき職人であり二代目でもある金太と共鳴する。真面目過ぎて算太を決して許せなかった金太の後悔が、父として悔いのない選択をと偽りない気遣いとして千吉に響く。
「ぬくもりますな」の一言にふと滲む安堵は、そのまま視聴者側の気持ちですねえ…。

・安子が見ず知らずの千吉に汁粉を差し出したのは、もちろん彼女の生来の優しさや、昨日の回で小しずさんが言っていたこともあったんでしょうけど、今、誰よりも安子自身が「甘い菓子は人を笑顔にする」をもう一度見たかったのかもしれないなあ。
菓子を侮辱と拒絶の手段に使われ、その菓子もつくれなくなり、​稔さんと英語も消えてなくなった、今の安子にとって。

・杵太郎おじいちゃんが、小豆の煮え時を見極める「美味しゅうなれ」と同じ抑揚で安子に「幸せになれ」と告げる声が本当に優しい。
そして、杵太郎さんから始まった たちばなの小豆炊き技術が、やがて女ひとり自活できる手段として安子と るい二代の孫・曾孫へ受け継がれていき身を助ける未来を思うと、ここで名職人杵太郎さんが孫を甘いあんこに重ねてつぶやく「幸せになれ」は、なかなか象徴的なものだったと思う2周目。

・そういえば、第1週から「女は職人になれない」「男はダンサーになれない」時代の制約を描いていたけど、金太の横で杵太郎は意外とおおらかだったんですよね。それは単に孫への甘さというだけでなく、彼の職人としての原点が女性である愛妻ひささんのお汁粉だからだったとすれば、やがて杵太郎の始めた「美味しゅうなれ」が、息子だけでなく、安子―るいと女の子へも引き継がれていったのは、杵太郎さん的には案外愉快なことだったかもしれない。


 

#015 12月6日(金)

 

・千吉が稔と安子の(当時としては釣り合わない)結婚を許したのは、ただ安子の人柄にほだされた、出征する稔を悔いなく送ってやりたいから、だけでなく、金太との語らいで職人同士通じるリスペクトがあり、こういう「堅実な ええ商いをしてきた」店の娘こそが未熟な息子を支えてくれるはずだと、そこに頭取の娘との結婚以上の価値も見出した経営者としての理も働いていたのが、とても好きなんですよ。
そこには、息子が生きて帰ってきて会社を継ぐ未来を信じたい、父の祈りも込められているはずで。

・それでもやはり、稔の出征、たちばなの実質休業状態がなければ、千吉が取引先との話を変えることも、金太が一人娘を店から出すのを許すことも、美都里さんが渋々承知することもなかったはずで。
戦争さえなければ…が次々襲ってきた週に、戦争だからこそ安子と稔の夢が叶ってしまう皮肉に、何とも胸が苦しくなる。
明るいひなたの道を歩く2人にかかるナレーション「一緒に暮らせたのは、ほんの一月足らずでした」。

・安子と稔の「短いけれど幸せな日々」が、周囲の人たちにとって最初から稔の出征ありきで形作られているこの苦しさを見ると、もしかして千吉さんが頭下げるまでもなく、先方にも案外、結婚話を断られホッとした部分があったのではとも想像できるんですよね。
顔も知らない上に出征ももう決まってる学生と1か月だけの結婚なんて、女学校出の箱入りお嬢さんにはなかなか酷な話でしょうし。

・安子にとっては生涯の宝物となる美しい1か月だけど、安子だからそれがたった1か月でも耐えられたとも言える。

・ああ、そうだ。ここで稔さんの「どこの国とも…」が語られていたんだ。あのカムカムらしい真夏の奇跡回へつながる言葉。
ここで稔さんの願いが、ただ自分が米国へ「行く」でなく、「行き来できる」と相互交流を表す言葉を使っているのも、とても好きで。それはやがて、好きなジャズや時代劇のため各人が自由に行き来する ひなた編にかかってくる。

・しかし改めて見ると、この回の千吉さん、ファインプレーなのは確かであるにしても、やはり物事を独断でガンガン進めていく人なんだよなあ…とも思う。
安子が毎日神社へ稔のことを祈りに行っている件や、また大阪での稔の様子なども勇から聞いて、まだお互い思い合っていることは確信した上での即決即断でしょうし、それは正しかったんですけど、当の本人たちはもちろん、お相手の橘家にも、まして自分の妻にも話を通していなかったところが、良くも悪くも優れたワンマン経営者なんですよね。
このあたりの歪みが、やがて戦後編でも出てくるわけで。

・ところで、本放送時にこの回の日、こんな感想ツイしてたんですが

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2周目として見返すと、案外はずれてなかったかもしれない。

おとぎ話のような稔との戦前パートが『カムカム』全体を貫くベースになるわけですけど、安子という一人の人間が立って歩いていく物語としては、それゆえの軋轢も含めて戦後パートこそが本番。

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