主人公まひろ本人の出産よりも、彰子さま出産の儀のほうが尺たっぷり描かれてたのは、物語としての意味はもちろん、映像化しがいのある記録史料があるのも大きかったんだろうなあ、と思えた回。
先日の100カメで、曲水の宴をいかに再現するか裏方さんたちの奮闘を見たばかりなので、今回もあのプロフェッショナル大河チームが腕まくりされたのかしらと、そのお仕事ぶりを想像するだけで楽しい。
のぼせるほどの大人数でひしめき合う女房や祈祷者たち。やかましく飛び交う読経や寄坐の叫び声。冷静に思い返せばけったいな、でもそのときは大真面目な緊張と息苦しさ。それらが一気に解放される、皇子が産まれた瞬間。
『紫式部日記』に事細かに書かれたそれを立体化するとこうなるのか~!という面白さと、映像化して初めて分かる気付きが画面に溢れていて、やはり大河ドラマで今まであまり扱わなかった時代をやる醍醐味は、これだなあと。もちろんここで、改めて思い返し悲しくなる定子最後の出産との落差、道長がまた一歩権力闘争へ足を踏み入れる覚悟など、物語上の必然性もあるから、力の入った映像が意味を持って迫ってくるわけですが。
宴での顕光や実資を忠実に再現してたおかしみだけでなく、まひろの部屋にさりげなく菊の着せ綿が置いてあるという、台詞に出ないところの作り込みまでも含めて大河美術の贅沢さだとつくづく。ほんと今年こそ大河美術のアートブック出してほしい。
それにしても、まひろに物語書かせる作戦がうまく行き過ぎて「俺の惚れた女はこんな女(最高)」を日々更新し続けてる道長くんや、ようやく自信持って自分を出しつつある彰子さまも、分かりやすく まひろ大好きを一直線に出し、周囲への配慮が鈍くなるほど浮かれているあたり、妙なところで親子なのですが、実はまひろのほうも同じく少々浮かれてるのが、ちょっと可笑しいのです。
職場どころか、倫子さまもいる土御門殿でひとつ屋根の下での泊まり込み。道長とすれ違いざまに まひろがつい親しげな笑みを浮かべていたあの渡殿って、第14回冒頭で倫子さまを訪ねた帰り、別れ話以来の道長くん(既婚)と遭遇し固まったあの渡殿と同じ場所じゃないですか。あのときの双方知らんぷりを思い返すと、今この隠しきれてない2人の緩みっぷりが、同じ場所だからこそ際立つ。
出仕がかない初めて父から得た「お前がおなごで良かった」の承認。物語を通して帝に物申し、ある意味で政に参加している手応え。かつて少女たねの死で悲しく途絶えた教える喜びを、いま再び彰子さまで味わえる僥倖。過去の瑕も全て物語に昇華し、それが誰かに伝わる作家の満足感。
確かにここ最近のまひろさん、前半までのあれこれをすべて上書きできていて、浮かれても仕方がない状況ではある。うん。
次週予告で帝が物語を「三十三帖」とカウントしている、つまり作中では『源氏物語』が「藤裏葉」=光る君の栄華が極まったところまで書かれているんですね。
養女である明石の姫君を慈しみ、入内するまでに育て上げた紫の上の充足感は、道長の娘である彰子を好ましく思い、まことの中宮になれるまで教え導けた まひろ先生の達成感かもしれず。
だからこそ、ここで次週まひろが、物語を読んだ ききょうさんと再会するのがとても楽しみで仕方ない。
「まだ(物語は)終わってはおりませぬ」と言う まひろが、どこまで次の構想を考えているのかは分かりませんが、ここから深い影と苦しみに満ちた光る君の晩年最終章、女という生そのものからの解放へ行き着く宇治十帖を まひろは書いていく。
「影も書いてこそ」な まひろ自身の創作姿勢だけでなく、光だけ書きながら影を色濃くまとっている今の ききょうさんから受けるものも、そのトリガーのひとつになったら面白いかも、と思うのですが。
ただひとりの主を慰めるため書き始め、願いどおり主の生きる力となれた、ききょうの随筆。
定子とのやり取りで得ていた、その執筆と受容との幸福な原初体験を喪ってからは、自分が書いた『枕草子』を帝が読み、それで帝の心を亡き定子に繋ぎ止められていることが、作家としても定子の忠臣としても彼女にとっての存在証明だったはずで。
その帝が、まさか自分が書くもの以外を喜んで読み、定子以外の女へ心を向けるのは、ききょうにとっては何重ものショックでしょう。まして、その執筆者が友のはずの まひろと来ては。
これは個人的な印象として、『枕草子』の明るい機知とユーモアに感じるのは、定子さまがかつて存在していた事実をもってこの世を肯定することで浮世の理不尽そのものに抵抗していく、意地でも前向きなド根性姿勢なので、伊周サイドへの政治協力の側面が強調されている光君版『枕草子』ききょうさんには、より影の濃さを覚えるものの、まひろとの創作スタンス違いもまたずっと描かれてきている以上、ここまで来たらもうバチバチにぶつかっていただきたいところです。
定子の深い苦しみを見てきたからこそ ききょうは「皇后さまに影などございません」と全力否定してその純粋な光だけを描き、実際死んだ人間はもはや悲しまないし失敗もしないから、時たつほどに定子は完璧な偶像となる。
でも、影を書いてこそ光も輝くと言っていた まひろは、「瑕こそ、人をその人たらしめるもの」と彰子に言い切り、今生きて愛されている中宮の自信を後押しする。
図らずも2人の創作姿勢の違いがそのまま中関白家サイドと左大臣家サイドの后たちを(死後も含めて)形作り、帝の天秤を傾けてきたわけで。
スマホ紫式部は、実は清少納言と「おっさんの権力争いに巻き込まれた同士」裏で繋がってたという、こちらはこちらですごーく好きな解釈とハッピーエンドでしたけど、光君の2人はそうはなれないところまで行き着くのかな。
光だけ選んで書くからこそ過去=影を色濃く宿し続ける ききょうと、過去の影=瑕も物語の種にするからこそ霧の彼方に昇華し光へと進める まひろ、どちらも譲れない作家の矜持を盛大にぶつけ合ってくれ。
皇子が産まれ、喜びが溢れる中、当の道長だけが「皇子であったか…」と呆然とした暗さで呟く。「皇子であったら ややこしい」の重さ。
今までは、彰子を寵するよう帝に願う、もとい圧をかけるのも、強引に中宮にするのも、入内させた娘を心配する親心との大義名分が立ちましたけれど、産まれた孫が皇子とあっては、これでいよいよ正当な一の宮にして娘も慈しんでいる敦康親王を退けてでも、孫を東宮に立てるよう動かざるを得なくなりますね。そこにどんな理屈をつけようと、野心や欲の定義内から外れることはできないのですから。友らに「この話はおしまい」と、昔の三男坊の顔で逃げることは許されない。
次週、中宮還御のとき「藤裏葉」=光る君の栄華まで書かれているということは、ここから本格的に孫を帝にしようと画策していく(いかざるを得ない)道長の横で、まひろが『源氏物語』終盤を書くタイミングになるはずで。
光る君晩年の因果応報と苦しみを、紫の上の孤独を、人生の無常さを、帝や彰子や道長はどう読むのでしょう。
今までのように何かと重ねるのか、ただの物語としてなのか。
いつかのように月を見上げ、満足げに歌を読む まひろと聞く道長の熟年バディ感。それを人前で出すまでに油断しきっているのは、「藤裏葉」に至る物語の多幸感と地続きで浮かれているのかもしれず。
さて、ここから まひろが光る君のあの晩年と宇治十帖を書くに至る、どんなひっくり返しがあるか。まずは ききょうさんとの再会で鐘が鳴る。

