今夜のEテレおとなのタイムマシンは、『日曜美術館』で鳥獣戯画を語る手塚先生ゲスト回。
この回は前にも再放送がありましたけど、実作者ならでの着眼点と知識量で生き生きと考察していく語り口、さらっとウサギを描かれる見事な筆運びは、やはり何回見ても楽しい。
本放送が1982年11月ということは、ここで手塚先生が話されている「メビウスに鳥獣戯画を見せた」話は、この年の1月に手塚先生がフランスのアングレーム祭に行ってメビウスと知り合い、7月にメビウスが来日した流れなので、実にホットな話題だったんでしょうね。
そもそも、鳥羽僧正を描いた『火の鳥 乱世編』(1978~1980年連載)も、このときの手塚先生にはまだ2年前の話題。そう考えると、なかなか感慨深いです。
(そういえばNHK的には、大河ドラマ『草燃える』(1979年)の放送年が『火の鳥 乱世編』連載と丸々被ってもいたわけで。当時リアタイ視聴者&読者は、どんな感想を抱いていたのかな)
手塚先生が、鳥獣戯画の擬人化に乗せた気楽な風刺と伸びやかな線を、作者にとって本業だったろう仏画の傍らに描いた「手すさび」との解釈を何度も強調していたのは、マンガの根幹は「落書き」精神に基づく「風刺」だと様々な媒体で繰り返し書かれている手塚先生の持論と通じるからでしょう。
と同時に、この鳥獣戯画が持つ芸術性は国境を超えて通じる、誇れるものだとも熱く語る。
ゴヤの絵は、すました貴族の肖像画よりも、脇の犬や悪魔や市井の人々の絵こそ素晴らしいと評価する話は、自伝エッセイ『ぼくはマンガ家』でも同じく語っていた話題。そして『ぼくはマンガ家』のほうだと、ゴヤの話をこう続けています。「これが漫画家の道だと思う。権力や圧力の庇護があって、漫画家はなにができようか」。
児童漫画に厳しい50年代から、あえて矢面に立ち続けてきた手塚先生が公の場で残してきた発言記録を読んでいきますと、自分の一挙手一投足が「マンガ」という目新しい文化そのものへ世間が向ける評価として返ってくる責任感と自負と負けん気を感じるのですが、この『日曜美術館』で鳥獣戯画の落書き性と芸術性との並立を熱く語る手塚先生を見直しますと、マンガが洗練された「芸術」へ変容していくことではなく、マンガの落書き精神とそれに根ざした野生の風刺が失われないまま「芸術」として評価されていく、つまり世間の評価軸のほうこそが変化していくことを願っていたんだろうなと、改めて思いました。
あえて風刺を入れてやるぞと身構えるまでもなく、当時これを描いた人にとっては、市井の人と交わり身近な事象を取り入れ描いたカエルやウサギが自然と風刺になった…みたいなことをさらっと話されていましたが、そこにかえって、マンガ描きたる者たとえ「手すさび」でも社会と無関係のものを描くはずがないだろという強烈な自負を感じたのです。
数年ぶりに見て、改めての感想。

