八月納涼歌舞伎『髪結新三』
2024/08/30(Fri)16:41

2024年八月歌舞伎座第二部『梅雨小袖昔八丈 髪結新三』
念願の勘九郎さん新三初役を見てまいりました、の感想。

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いやーーーーもう、素晴らしかった。大満足。まずはその一言に尽きる。
観劇から1週間近くたっても、いまだ余韻でふわふわ心地よく酔っている心持ちです。しばらくはこの後味で生きていけるぐらい。

勘九郎さんの新三。声色などは確かにお父上の勘三郎さんによく似ているのですが、私が見ていて連想したのはむしろ、映画『人情紙風船』で中村翫右衛門が演じた新三のほうでした。
骨太な輪郭の中に色気が翳りとともにくすぶっている勘九郎さん新三を、このまま『人情紙風船』のあのやり切れないリアリズムの中に放り込みたい。山中貞雄監督が撮る陰影くっきりしたモノクロの裏長屋が、とても似合いそうじゃないですか。
(単に私が『人情紙風船』大好きだからでもある)

初役ゆえの清新さはもちろん、やはり、今の勘九郎さんが演じる新三ならでは、の魅力をたっぷり浴びられたのも嬉しくて。
人を騙し居直るふてぶてしさ、売出し中の小悪党らしい威勢よさで入れ墨を自慢し、格上な源七親分の顔だって潰せる向こう見ず、その勢いがかえって老獪な家主には言いくるめられてしまう脇の甘さ、という新三の絶妙な立ち位置は、いま40代前半の勘九郎さんが演じているからこその血肉と面白さもあるんだろうなあ。

水の滴る、というよりは、浴びた水も強く弾けそうなほど、皮膚のパリッと張り詰めたいい男。さっぱり軽い身のこなしで悪事へのハードルもひょいひょい飛び越える巳之助さん勝奴とともに、まさに初鰹のように活きのいい、見ているだけで楽しい小悪党コンビでした。

また今回、家主長兵衛が彌十郎さんなのも最高の相性でしたね。阿漕で憎たらしいのに、どこか笑ってしまう可愛げ。
一旦は断った新三が渋々了承したので、二度手間かけさせやがって~!とぼやきつつまた律儀に15両を数えるあたり、この繰り返しの妙がちょっと落語のリズムのようで可笑しかった。
「さあさあさあ」の繰り上げも、あそこまでスピーディーかつ息ぴったりだと、型を超えて熱気と笑いが起こるものなんだなあとちょっと感動しました。

鶴松さんのお熊は、ただ可憐で純情なお嬢様というだけでなく、忠七の恋心と忠義と後ろめたさに責任感をおっかぶせるズルさのようなものも仄かにあるのがまた良かったし、七之助さん忠七は、そりゃお嬢様も惚れちゃうわーて納得の美しさはもちろん、メフィストフェレス新三の囁き「不忠がかえって忠義になる」で明らかにぐらっとし始めるあたりに根の真面目さがうかがえ、それが永代橋での悲痛な決意につながっていくところが、この男をただ哀れで愚かな被害者にしない説得力があって、さすがでした。
(しかし長三郎さんの長松が出てきたところでは、番頭さん忠七の顔というより、ニコニコおじデレが隠しきれていなくて、ちょっと微笑ましかった)

中の人は8歳差なのに新三からおじさん連呼される源七親分の苦み走った貫禄を演じる幸四郎さん、傾いているとはいえ大店を支える後家の矜持と侘しさが見えるお常の扇雀さんなどなど、本当に隅々まで配役がぴったりだったなあ。何というか、勘九郎さんの新三を中心に画風がそろっているというか。勘九郎さんの初役として、とても見やすく心躍る座組でした。
 


短い出番でもさすが印象深かったのが、下女お菊の芝のぶさん。
白子屋への恩と立場をわきまえ、しかし姉妹同然に育てられたから言えるお熊お嬢様へのはっきりした忠告と、それでも滲む情の深さ。
台詞へ込められた感情に、お菊という個人の人となりだけでなく、彼女がそれとなく見守り案じてきたお熊と忠七の関係のこれまでも垣間見えるようで。
なんで筋書きに写真が載っていなかったんでしょう、ちょっと残念。

『梅雨小袖昔八丈』の続きは、家に返されたお熊が忠七への義理立てで死のうとしたら、うっかり五百両持参金つきで来てくれた婿殿(この人の扱いが本当にかわいそう)を刺してしまい、その罪をかぶってお菊が死ぬ、あっぱれ忠義者~と、割と救いのない話なので、現在は閻魔堂橋でとざいとーざいと終わりにするのが定番となったのも、そりゃそうだろうと。
とはいえ、芝のぶさんお菊ならば、その続きも見てみたいなあともちょっと思ってしまいました。いかにも歌舞伎的アナクロニズム忠義の死を、ぐさぐさ刺さる説得力もって壮絶に演じてくださいそうだ。


40代の勘九郎さんならではの新三。今だからこそ揃えられたかもしれない配役。
今後、またどんどん変化していく50代60代の勘九郎さん新三を追いかけていく未来の中で、2024年に見たこの初役、この配役を、きっと舞台らしい一期一会の幸運として懐かしく思い出す日もあるのだろうなと、そんな瞬間が訪れるのを楽しみに、また次の初鰹を待ちたいと思います。

(そして籠釣瓶のぞっとする執着と破滅、髪結新三の入れ墨を見られた今、ますます勘九郎さんの清玄/釣鐘権助が見たくて仕方がない…)
 

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