(前ブログから転載)
・光る君へ第1回感想メモ
今年も大河が始まったので、第1回感想を覚書的に。
・主人公の境遇と性格、重要な出会い、そしてこの世界における価値観、いわば今後物語を動かすゲームのルール(娘を入内させ皇子が産まれれば勝ち等)を、初回からサクサク説明していく手練っぷりは、さすが大河経験済みベテランの脚本だなあ。
・そのやや説明的な親切さに、そこはかとなく00年代大河的な懐かしさも感じるんですが、今後ますます藤原だらけのややこしい関係図になっていくのを思えば、ちょうどいいかもしれない。
・まひろ=紫式部と三郎=道長の関係。制作発表の初期段階から「ソウルメイト」と言ってたり、しかし事前番宣では何だか初恋らしきものを匂わせてたり、どうなるんだと少々やきもきしていたら、こ、こう来ましたかーーー。母の仇の弟、兄が殺した人の娘。しかもお互いその凶事に、自分のせいではないかと後ろめたさを抱える。えーと、これは一体どう発展させ、史実上の「紫式部と道長」に合流させ着地させるつもりなんだ。俄然楽しみになってきたぞ。
・歴史フィクション、というか大河ドラマの醍醐味の一つは、ある人物とある人物が「もし出会っていたら」「もしこんな関係だったら」「もしこんな性格だったら」という、いわば大嘘の設定値をぶち込んだ上で、どれだけ魅力的なシミュレーションを(しかもほかの嘘ついてない部分を破綻させず)描けるかだと個人的に思ってます。
初回で打ち込まれたこの大胆な“大嘘”の設定値は、1年間でどう効いてくるか、果たして。
・割と好きだったのが、まひろと三郎が砂に書く文字、漢文を通じて親しくなる場面。
互いの身分を偽るごっこ遊びのほほえましさとともに、勉強は苦手だという三郎が、まひろの漢文知識を嫌がるどころか、ちゃんと感心して聴いているのは、案外重要なんじゃなかろうか。
『紫式部日記』などに滲み出ている、勉強ができる女ゆえの生きづらさ、みたいなものを、ドラマのまひろもこの先で感じるとしたら、そのとき、彼女の漢文話を真剣に聴いていた三郎はどんな存在になるか。もしくは、そのときの三郎=道長にとって、彼女の学識はどんな価値を持っているのか、という。
このあたりのすれ違いを描き込んでくれたら、個人的にとても楽しい。
・道兼さんをこの役回りにしたのは、あれですかね…
彼のキャラを濃くして今後の道長との確執を深くしておくことで、「粟田関白」の最期もあっさり終わらせない=道隆兄上の死から道長政権確立までをただのイベント消化の年表ドラマにしないぞ、という意思表示かもしれない。
あと、道兼の息子兼隆の逸話(厩舎人を殴り殺す)も入ってるのかなあという気も。
となると、やはり今年は各書店、大河ドラマ関連書棚に繁田先生の『殴り合う貴族たち』を置いておいていただきたい。
・陰陽師が政にかかわり、一定の信仰心がある世界の中でも、吉凶の解釈自体は都合でコントロールし利用する強かさがあったり、帝も后の父親たちの政治バランスを考慮して寵愛が偏らないよう配慮していたり、平安時代には平安時代なりの理性的かつ合理的な政治があったのを今年は結構描いてくれるのかなと思ったので、そこ期待したいです。初回見る限りでは脚本の大石さん、兼家はかなりお気に入りじゃありませんか。
ツイッターやめて感想書くところがないので、とりあえず避難所的にここで覚書。
期待してた平安大河だし、芸能関係もいろいろ描いてくれそうだし、今年も楽しく見ると思います。そのうち感想が溢れ出したら、ちょっと書く場所を考えるかもしれない。

