もしがく1話
2025/10/03(Fri)22:55

『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』録画視聴。

一挙に大量の登場人物が入れ代わり立ち代わり登場しながら、ただの顔見せだけでは終わらず、一夜の出来事の中でそれぞれの”らしさ”が立ち上がる様を見せていき、そしてラストは一点のカタルシスへ集約…という初回の構造が、『新選組!』や『王様のレストラン』を彷彿とさせ、あーーこれだよこれこれーーと実家に帰ったような懐かしさでした。

すばらしく力の入った八分坂セットの作り込みも、つまりこの狭い通りの中という小宇宙でわちゃわちゃ繰り広げられる群像劇にしていきます、の宣言なんでしょうね。舞台に賭け右往左往する人々のお話を舞台のようなセットで描いていくという、ど真ん中の三谷節を味わえそうな設定。

タイトル『もしもこの世が舞台なら~』は、直接的にはシェイクスピア『お気に召すまま』の名台詞「この世界全てが一つの舞台、人はみな男も女も役者に過ぎない」の引用でしょうけど、主人公の名前が久部(くべ)なだけに、『マクベス』の台詞「人生はたかが歩く影、哀れな役者だ。出場のあいだは舞台で大見得を切っても、袖へ入ればそれきりだ」も入っていそうだなあ。

マクベスの名を背負った主人公・久部くんが、魔女のような案内所おばばの導きにより迷い込んだ劇場で、倖田(こうだ)リカのダンスに魅せられて演出家の血が騒ぎ、トラブルで係が不在だったスポットライトを夢中で操作し出す。
魔女の予言どおり、前領主の反逆と処刑により空白となったコーダーの領地を得たことで、マクベスが予言を信じる道を自ら選び取ってしまう『マクベス』の翻案として、とても分かりやすい運命の分岐点でした。

駆け落ち失踪というトラブルを起こすことで結果的に第1話のピタゴラスイッチ起点となり、久部や倖田リカの運命を間接的に動かす看板ダンサーの名前が、マクベスに殺されるダンカン王の名そのままというのも、また。(政子小池栄子さんの贅沢な使い方!)


新しい人生を目指すダンカンが見切りをつけて去っていき、入れ代わりに迷い込んだ久部≒マクベスがこれから人生の再起をかけて生きていくのだろう八分坂とWS劇場は、「この世は舞台」を体現する場所。だとすれば、タイトル後半の問いかけ「楽屋はどこにあるのだろう」は、つまり人生には「楽屋」などそもそも無いことをも暗示しているんじゃなかろうか。
だからこそ、人は常にぶっつけ本番な舞台の上に踏みとどまり、悲喜こもごもな台本をアドリブ混じりで演じ続けていかなければならない。ショー・マスト・ゴー・オン。

一旦始まってしまった物語を必死で取り繕い辻褄合わせしながら何とかゴールまで泣き笑いでなだれ込む「ショウ・マスト・ゴー・オン」精神は、それこそ初期の『ラヂオの時間』から直近の大河『鎌倉殿の13人』まで、三谷作品に通底し繰り返し描かれてきたテーマですけど、今までは物語を転がす動力源だったそれが、今回は人生そのものと重ね合わされて真正面から描かれるとすれば、安定の三谷節でいつもの味と見せつつ、さらに練り込まれたものを味わえるかもしれない。


ちょうど今、NHKオンデマでめでたく配信開始した『新選組!』をぽつぽつ見返していると、ああこの頃の三谷さんは、人物造形も関係性描写も意外と直球ストレートなものを真ん中に据えて描いていたなあ…と感慨深くなるものがありまして。
『真田丸』『鎌倉殿の13人』と歳月が進むにつれ捻った解釈が増えてきたのは、もちろん作家として円熟の証だろうとは思うものの、そこで失われたものにも確実にあるんですよね。
なので、そんな大河3作の積み重ねを挿んで久々に戻ってきた民放連ドラ、しかもご自身の青春時代をあえて舞台にする今作では、どちらの方向へ筆が走るのか、興味が尽きないところです。

 


 

上述した『マクベス』の名台詞「人生はたかが歩く影、哀れな役者だ」。これを含む一連の独白Tomorrow Speechについて、とても印象深いのが、以前に読んだ松岡和子さんの解説です。

曰く、この独白の始まり「明日も、明日も、また明日も(To-morrow,and,to-morrow,and to-morrow)」で繰り返される「tomorrow」は、意味としては確かに「明日」だけど、音として聞くと「モ」にアクセントがかかるので「to morrow」と2つの単語に聞こえてくる。しかも「morrow」は古語で「朝」の意味なのだと。
つまり、ここで今まさに夜の中にいて苦悶するマクベスの独白は、tomorrow=明日へと繰り返しつつ、to morrow=朝へと向かう方向性のイメージも増幅されカブってくるのだそうです。


第1話で出てきた登場人物中唯一の子供、朝雄くんの名前に、ふとこのことを思い出したのでした。

まあ、朝雄くんの母親・毛脛(けずね)モネと、彼女に寄り添う真面目な警官・大瀬六郎(おおせろくろう)が、『オセロー』のデズデモーナとオセローの音から取っているようなので、朝雄くんも『オセロー』のどこかから取っているのかもしれませんが、もし朝雄くんの名前が、主人公と同じ『マクベス』由来で、しかも明日=朝の意味が重ねられているとしたら、1984年という時代を描いていくこの物語の結末に、ちょっと明るいものも期待できるかなと思うのです。

 

『王様のレストラン』の鎌倉幕府関係者、『合い言葉は勇気』の八犬伝と、登場人物名でいろいろ仕込んでくる三谷さんなので、『鎌倉殿の13人』当時しばしば参照元として触れていたシェイクスピアで、今回はどれぐらい遊びを仕掛けてくるんでしょう。

 

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