2024年版実写BJ
2024/07/01(Mon)00:04

高橋一生さん版BJ、見ました。

前回のモックンBJから23年ぶり(おかだま氏ヤンブラも含めれば13年ぶり)のドラマ地上波放送だと思うと、50周年記念ドラマ放送、まずはめでたい。これを機に原作を手に取ってくれる令和青少年が一人でもいれば実写化の甲斐があります。(とにかくメディア化は、その効果が原作に還元されれば、もうそれでいい)

私は柘植デザインに甘いオタクなので、冒頭数分、BJコートの袖が原作そのままシルエットで華麗に翻った時点で、とりあえず映像として見たいものは摂取できました。うん。ピノコの後ろ姿もシルエット完璧だった。

ストーリーに関しては、原作複数話分を2時間でこうまとめたか、スマホ時代に置き換えるとしたらこうなのかーという脚色意図は理解。なるほど。確かに原作知らずに単独ドラマとして見れば、キャラのよく立ったヴィランものとして、どんでん返しも分かりやすくまとまっていて面白かったです。
高橋一生さんBJはさすが期待どおりでした。堂に入った手術姿やピノコとのほのぼのした並び姿、車の運転席で頬杖ついてるふとした横顔なんて手塚マンガのため息ケムリ漫符が見えそうだった。
キャスト発表から特に楽しみにしていた山中崇さんはやはりさすがの存在感で、オリジナルキャラなのにいかにも手塚マンガにぬるっと出てきそうだったなあ。マンガ原作のドラマで「漫画じゃねえんだ」「でもこの世界のバカバカしさは漫画だ」とメタ発言(しかも政治風刺にしても直球過ぎる台詞)をあそこまで浮かずに言えて様になる人は、そういない。山中さんの使い方として大正解で、これだけでもかなり満足でしたありがとう。次に何か手塚マンガ実写化の際もぜひ登板お願いします。

BJの助手?であるアセチレンランプが表向きギャラリーを経営しているのは、宍戸錠版(1981年)ドラマでBJが画廊経営者に改変されていたことへのオマージュなんでしょうか。
せっかく獅子面病エピをやるのに、ランプはギャラリー経営者、BJを追う刑事役はヒゲオヤジへ改変した意義が余りわからなかったですが、ランプもヒゲオヤジも数分の出番で手塚マンガ絵ビジュアルそのままだったのはとても嬉しかった。というか、追う側に配置するとしても、私立探偵でなく刑事役のヒゲオヤジ先生だなんて斬新だな。

とはいえ、事前のPインタビュー「優しい女神」等発言により個人としてざわついた想像範囲内は超えなかったし、やはり予想していたとおり私の好きな手塚マンガ要素はあまり摂取できないドラマだったなと。

ドラマとして見ればキリコ女性化は、Pが事前に言っていた実在の安楽死サポート団体から得た「女神」認識云々というより、獅子面病患者を女性にしたのに合わせ、その患者に寄り添える存在としてセットの改変だったことは分かる。
その獅子面病周りの改変も、患者が女性だから、彼女との対話でピノコの出生背景が語られるフックになったし、物語全体を貫くミステリー『医者はどこだ!』駿斗(アクド)→一馬(デビィ)整形の「外見は関係ない」ラストへの流れがより補強されるあたりは、原作要素組み合わせの妙になっていたと思います。この繋げ方が恐らく今回のドラマ化の眼目だったろうことも。

とはいえ、主治医キリコ/患者えみ子の関係を女性同士の共鳴にしたことで、生死ボーダーラインが令和的ルッキズムに論点ずれてしまい、キリコがなぜ安楽死を請け負うのか、壮絶な実体験に基づく死生観がそもそもぶれてしまっている。(そのためにラストBJの「それでも私は人を治すんだ、自分が生きるために!」の切実さまでも薄れていた感)
キリコがえみ子の事情詳細を聞いた上で一旦依頼を断るシーンを入れていたので、ドラマキリコの仕事にも一定のルールがあると保険が一応は掛けられていましたけれど、やはりドラマの描写として、原作『小うるさい自殺者』でキリコ先生自身が「俺の仕事は神聖なんだ!」と最も怒って否定する「安楽死≒自殺幇助」の混同を、視聴者に抱かせる人物像になっていたのは確か。こればかりは、さすがに原作から変えてはいけない根幹だし、手をいれるとしてももっと慎重に描くべき部分だったのでは。

ドラマ後半にひっくり返すのが明らかなブラフだったとはいえ、黒男先生に「神になりたい」と言わせる発言も、果たして原作BJの”らしさ”を伝えていたかと言えば、どうなんでしょうか。
SNS晒しを念頭に本人のみならず親族まで含めて脅迫の高額報酬要求、自分を嫌う相手に「あなたみたいな人は好きだ」とストレート嫌味、救えなかった患者の一部をオブジェにする一見倒錯的な趣味(しかもギャラリーに置きHP公開を許可している)…も、このあたり解釈分かれそうだなあ。
私が好きな原作の黒男先生は、無力さを抱えながら空の向こうの「神様とやら」に歯向かって吠え、「患者のためなら悪魔にもなる」とうそぶき、ピノコに愚痴られるぐらい装飾もないボロボロの家でくつろぐのが似合う、青臭くて不器用で野暮ったい若造の黒男先生なので、その好きポイントとは余り重ならなかったのも事実。

ドラマを見終わって最終的に残った印象が、原作のあの生と死の狭間ギリギリで貪欲に命へ執着していく物語と同じ印象かと聞かれれば、まあ、違うなあと。これはもうメインの患者が、生死のかかった病でなく、たとえ本人が死へ思い詰める苦しみでもあくまで美醜の葛藤であるエピソードだった時点で、そうなるはずで。
そしてこれをメインに据えたことこそが、今回の制作陣が思う『BJ』だったわけです。

なので、これはあくまでも森下脚本×高橋一生主演ならではのBJであり、原作BJと別物と思えばひとつ完結した作品としては楽しめました。その点では、美麗かつ重厚な世界観として完成していた出崎BJと同じ。
自分と制作陣側の手塚マンガ好きポイント共通点を確かめて、なるほどそうですよね分かる分かるーと握手したくなったり、新たに深まる手塚解釈知見を得て痺れたりするというより、脚本演出デザイン側のオリジナリティを味わうための2時間だったなあと。

もう少し本筋で手塚解釈好きポイントが一致していれば、例えば「バルボラ共和国」「医学部の手塚」にクスッと笑ったり、冒頭出てくる馬の幻は『ボンバ!』ネタだろうかとワクワク想像したりなど、小ネタを楽しめたのかもしれない。
琵琶丸は、あそこまでSPドラマ特化型別キャラ別設定になっていたのなら、かえってキリコほどの引っ掛かりも感じず、スタシスで別役を演じていたのだと思い込むこともできたので、そういうことにしておきます。

SNS時代にモグリ医が存在できるとしたら、のシミュレーション部分も、あれだと陰謀論スレスレな話でおしまいにも見えかねなかったので、もうちょっと丁寧に突っ込んでみれば、今あえてBJを実写化する面白みが深まったと思えるので、ちと残念。
このあたりは、闇サイトと絡めた01年モックン版BJという先行作があるので、23年たった今ならではの比較をしてみたかった。

というわけで、手塚ファンとしてよりは、ドラマクラスタとしての興味深さに寄った今回のドラマでした。
とりあえず山中さんのメタ発言はクセになるので、また手塚原作ドラマに出ていただきたい。山中さんなら、いろいろな手塚作品でヒョウタンツギの役割が担える。

< 前の記事 ▼一覧 後の記事 >
Copyright(C) 2008 - 2026 baserCMS Users Community All rights Reserved. baserCMS : Based Website Development Project  CakePHP(tm) : Rapid Development Framework